ハウツーが満載のコラム
文字サイズを変更する

「適当」を極めた男、高田純次

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

「適当」という言葉を聞いて、どういうイメージを持つだろうか。たいていの人は「いい加減」というイメージを持つだろう。

辞書で「適当」の意味を調べてみると、

(1)
ある状態・目的・要求などにぴったり合っていること。ふさわしいこと。また、そのさま。相当。 「 -な例」 「 -な分量を加える」 「君主政治なる者は殊に大国に-するの理を/民約論 (徳)」
(2)
その場を何とかつくろう程度であること。いい加減なこと。また、そのさま。 「 -にはぐらかす」 「 -なことを言う」 〔類義の語に「妥当」があるが、「妥当」は物事の判断・やり方などに無理がなく、適切である意を表す。それに対して「適当」はその場の、またはあるべき状態・性質・条件などにぴったり合っている意を表す〕

(『大辞林 第三版』より引用)

意味としては、「適切なこと」と「いい加減」の両方を持っている言葉だ。

高田純次に憧れて

話は変わるが、僕が好きな芸能人は高田純次だ。お会いしたことはないが、ああいう大人になりたいとずっと思っている。

何が好きかというと、その「適当さ」だ。質問をされても、脳ではなく脊髄反射で答えているような感じ。脈絡のない会話。それでいて、周囲を笑顔にしてしまう絶妙なトーク。僕もたいてい適当な人間だが、高田純次ほど徹底した「適当さ」にはたどり着けない。やはりどこか、常人の部分が出てしまう。

前述の「適当」は、大辞林の(2)の意味だ。高田純次の「いい加減」なところが好きなのだ。

2つの「適当」を極めた男

しかし、高田純次はもうひとつの「適当」の意味も兼ね備えていると思う。つまり、「その場にふさわしい」という意味の「適当」でもあるのだ。

高田純次の「適当さ」は、バラエティ番組で顕著に現れる。そう、バラエティ番組においては彼の発言は「適当」、つまり「ちょうどいい感じ」なのだ。

高田純次は俳優でもあるので、ドラマや舞台で演技をすることもある。そのときの彼は、渋い演技を見せたりもする。やるときはやる男なのだ。そういうところも、男として憧れてしまう。いわゆる「ギャップ萌え」というやつだろうか。

高田純次の著作『秘密主義』(学研パブリッシング・刊)に、以下のような記述がある。

 よく「頭の回転が速い」といわれることもあるんだけど、そうかな?
テレビで質問されて、パッと適当なこと答えるからそう思われてるかもしれないけれど、あれは慣れだからさ。
何個かある自分の引き出しの1つを出すだけだから。
本当は肝臓や腎臓をパッと出したら、面白いと思うんだけど、痛いからね〜。ハハハハ。

(『秘密主義』より引用)

引き出しをいくつか持っていて、それを「適当」に開いて出す。なかなか常人のできることではない。何十年もそれを続けているからこそできる、芸の極みなのだ。

「適当」な男の書いた「適当」な本

今回読んだ『秘密主義』。高田純次が話していることをそのまま文字にしたような感じで、役立つ情報はほぼ見当たらない。内容があるようでない、ある意味読んでも読まなくても人生には何の影響もない「適当」な本だ。

しかし、これだけ「適当」な本は「適当」を2つの意味で極めた高田純次だからこそ成立しているとも言える。こんな本をほかの誰かが書いたとしても、「ふざけるな!」と言われて終わりだろうし、そもそも企画自体思いつかないだろう。

だが、高田純次ならばOK。「高田純次は適当」という共通認識がほとんどの日本人にあるからこそ、笑って読めてしまうのだ。

「いい加減」で「ちょうどいい」。これからは高田純次のことは「適当マスター」と呼びたいと思う。もちろん、いい意味で。

(文:三浦一紀)

秘密主義

著者:高田純次
出版社:学研パブリッシング
芸能界のテキトー男の名を欲しいままにしている高田純次。今度は聞かれてもいないのに自らの「秘密」を大バクロ!? ついでに『?元気が出るテレビ!!』やビートたけし、みのもんた、和田アキ子etc.業界の裏話までしゃべっちゃった!

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

関連記事