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「童貞」がカッコよかった時代もあるんです

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童貞は男子にとって「いち早く手放したいもの」として共有されている。いつまでも童貞でいることは恥であり、喪失できない人はその事実をひた隠しにする。しかし、その歴史を振り返れば「童貞=恥」の時代はそんなに長くないのだ。

自ら童貞であることに価値を見出していた時代

「童貞がカッコいい時代があった、といったら、あなたはおどろくだろうか」、澁谷知美『日本の童貞』は1行目から既存の“童貞観”を覆す。1920年代の学生の言葉が引用される。「私は私の愛人の処女たることを礼讃すると同時に、私の童貞も彼女によつて礼讃せられることを希望します」と引用される。つまり、自ら童貞であることに価値を見出し、アピールしていたのである。

愛する人に童貞を捧げる人がいる一方で、農村や漁村では「筆おろし」「ヒラキ」と呼ばれる通過儀礼が残っていた。「精通期の男子をつかまえて、初体験」させるのだが、「男子が相手を選んだり、自分の好きにふるまうことはゆるされない」慣習だった。共同体のなかにいる、それなりに年を重ねた女性や、遠い親戚など、その相手は恋愛云々とは程遠い相手だった。同時代でありながら童貞に対する考え方がこれほど両極端なのが興味深いが、いずれにせよ、童貞であることは男性としての「価値の低さ=モテない」を示すものではなかったのである。

童貞=人としての欠陥を指摘するような気配

童貞が「恥」になったのはいつ頃なのか。著者の分析によれば、1960年代半ばまでは「新妻にささげる『宝』」としての認識が強かったが、それ以降は童貞に対する評価が「美徳」から「恥」に変わってきたという。そのきっかけの一つとして挙げられるのは、相次いだ青年誌の刊行だ。この手の雑誌で童貞言説が量産されていく。たとえば、『平凡パンチ』(1964年6月8日号)の「童貞率の上昇 きみはこの現実をどう考える?」といった具合に。

こういった記事が蓄積することで、それに呼応するように女性誌も「童貞対応マニュアル」を記事化していく。「年齢に似合わず、まだ女を知らない。あるいはプロの女性のみ経験——こんな性に未熟な男性がいっぱい。もし、あなたがめぐりあったら」(『微笑』・1984年1月12日号)と組まれる頃には、「童貞=宝」という概念などとっくに崩壊している。

揺り戻しのように、焦って童貞を捨てる必要などない、という言質も生まれるが、童貞を恥とする文化はすっかり浸透し、モテないという印象を強めるだけではなく、人としての欠陥を指摘するような気配すら漂わせるようになる。そこには、「マザコン」という大きな問題も横たわってくる。いつまでも母親に依存し、親も子を過保護に育て、母親以外の女性と接する機会を逸することで、当然ながら童貞を喪失する機会をも逸するのだ。マザコン×童貞という掛け算によって、どこまでも未成熟な大人だと規定される。

性を値ぶみされる歴史は、女のほうが長い

実際に童貞かどうかではなく、童貞の精神性を「D.T.」と呼んだ、みうらじゅん・伊集院光の著書『D.T.』なども登場したし、童貞は単純に恥であることをただただ深めているわけでもない。著者は、性を値ぶみされる歴史は、女のほうが長く、だからこそ値ぶみをやりすごすノウハウにもたけていると語る。恋愛の自由市場における「女の優位は、そのじつ男の選別にたいする適応の結果である」とする。童貞を一冊丸ごと考察し、「性から特権性が剥奪され、誰もが童貞に無関心になり、童貞を問題化する社会を問題化する本書が用ずみになること。——逆説的なようだが、本書はそれを願っている。」と締めくくる本書、童貞に厳しくも、どこまでも誠実な目線が注がれている。

(文:武田砂鉄)

日本の童貞

著者:澁谷知美
出版社:河出書房新社
かつて「童貞」が、男子の美徳とされた時代があった!?気鋭の社会学者が、近代における童貞へのイメージ遍歴をラディカルに読みとき、現代ニッポンの性を浮かびあがらせる。

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