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札幌時計台をがっかり名所と呼ばないで!

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中学時代、修学旅行の行き先は北海道だった。初日は函館で夜景を見て、翌日札幌に到着。いよいよお楽しみの自由行動となった。昼メシは札幌ラーメンを啜り、ゲーセンで散財しまくったのち、メインの札幌時計台を訪れた。

ところが、我が中学生軍団は、時計台を見るなり目が点となってしまった。

「エッ? これがあの有名な時計台!?」

大自然の中にあると思っていた時計台が、ビルの谷間にあったのだ。 

がっかり名所?

旅行に行って同じような感想を抱く人が多いのだろうか。札幌時計台は日本三大“がっかり名所”の一つに数えられることがある。がっかりしてしまうのはなぜか。おそらく、我々が北海道に抱くイメージが影響しているのだろう。

旅行ガイドの『る●ぶ』を開くと、ラベンダーやキタキツネのような自然をイメージした写真が満載だ。北海道全体が大自然に覆われているように錯覚してしまうほどだ。それに、時計台の建物の雰囲気からして、なんとなく大草原の中に建ってそうな感じがするではないか。

だが、現実の札幌市は人口約200万人が生活しており、碁盤の目状に高層ビルが整然と建ち並び、ススキノのような歓楽街もある超大都会なのだ。ちなみに現在の私の札幌のイメージといえば大自然よりもススキノである。出張で必ず立ち寄ってしまうほどだ。

何のために建てられたの?

話を時計台に戻そう。なんだかんだ言って時計台は、人々に札幌や北海道をイメージさせる重要なアイコンのひとつとなっている。これほどシンボリックな建築はほかにないだろう。

さて、この時計台、そもそも何のために建てられたのか、ご存じだろうか? 時計台は明治11年に完成し、現在は重要文化財に指定されているが、文化財としての正式名称は「旧札幌農学校演武場」と言う。札幌農学校は「少年よ、大志を抱け」のフレーズで有名なクラーク博士が在職し、後の北海道大学の原点となった学校だ。演武場とは、武芸練習場、屋内体育館のことである。

札幌の歩みとともに

札幌は、明治時代に屯田兵による開拓が始まると、札幌農学校が建設され、戦後の札幌オリンピック開催などを経て、今日見られるような大都会へと変貌していったのである。

そう考えると、時計台が高層ビルに囲まれていることも意義深く感じられる。時計台は、札幌の街の移り変わりを見守ってきた生き証人なのだ。

札幌時計台創建130周年記念 時計台ものがたり 市民と共に』を読んでみると、市民の方々の愛着に深く感銘を受けた。というわけで、みなさま、時計台を“がっかり名所”と呼ぶのはやめましょう!

(文:元城健)

札幌時計台創建130周年記念 時計台ものがたり 市民と共に

著者:NPO法人 さっぽろ時計台の会
出版社:中西出版
札幌時計台創建130周年を記念して発刊。時計台と札幌の130年の歴史の中の「ものがたり」が、教育・文学・音楽など様々な分野から語られる。

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