ハウツーが満載のコラム
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悩んだら、ハムレット。恋人を信じられなくなったら、やっぱり、ハムレット。

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腰が抜ける。
実際には起こりえないものらしいが、12才のとき、私は確かに腰が抜けたと思う経験をした。
劇団四季による芝居、ハムレットが終わった後のことだ。
テレビの舞台中継を観て以来、「ハムレットが観たい、観たい、チケットを取ってくれるなら、一生懸命勉強もする、お手伝いもする、背中をかいてあげてもいい」と、父に頼み続け、ようやく叶った願いだった。

初めてのハムレット

アンコールの拍手が終わり、観客が出払っても、私は立ち上がることができなかった。
腰が抜けるとはこのことだと思いながら、座ったままでいると、劇場の係員がやって来て、心配そうに「どうかしましたか?」と、聞いてくれた。私は「感激して立てないの」と、かすれた声で答えた。
「このガキが、何を言ってるのだ」と叱られると思ったら、その方は「そうですか。それはよかった。余韻を楽しんでください」と、優しく囁き、私をそのままにしておいてくれた。だから、私は誰もいない広い劇場をたった一人で独占することができたのだ。
1968年、日生劇場でのことだ。
その時の配役は、ハムレットが平幹二郎、オフェーリアは影真理江だった。後に、彼女は脳腫瘍で急逝してしまうが、当時は劇団四季の看板女優で、舞台に立つと独特の力を感じさせるひとだった。ちなみに、人気キャスターの小谷真生子は影真理江の姪にあたるのだそうだ。

47年経ってもやっぱりハムレット

それから47年後の今年、蜷川幸雄がハムレットを演出した。
ハムレットには藤原竜也、オフェーリアは満島ひかり、そして、ハムレットの叔父で、仇役となるクローディアスを平幹二郎が演じた。つまり、平幹二郎は、ハムレットからクローディアスまでを演じたわけで、すごい試みだと思う。
残念ながら、こちらは観ることができなかったのだが、ポスターを見る度に、腰が抜けたことを思い出しては、じーーーーんとした。

ハムレットって、どんな話?

子供の頃も、還暦近くなった今も、私はハムレットが好きだ。
特に、何かに迷ったとき、心が乱れてどうしようもないとき、ハムレットを観たくなる。
綿密に計算された心理劇だけに、つらい心に働きかけてくる何かがある。
だいたいのあらすじを言うと・・。
デンマーク王の弟クローディアスは、王位欲しさに、兄を秘密裏に毒殺する。
晴れて王位を得たクローディスは、兄の妻であるガートルードまでも自分の妻としてしまう。欲しいものすべてを我がものにして、クローディアスは得意の絶頂であった。
一方、ハムレットは尊敬していた父を喪い、母親まで奪われ、絶望の日々を送っていた。
そこへ亡き父親の亡霊が現れ、「自分は実はクローディアスに殺されたのだ」と、打ち明ける。
この日から、ハムレットの苦悩が始まる。

台詞に痺れる

ハムレットという芝居には、有名な言葉が多い。
たとえば、「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ」。
ハムレットなんか一生観なくていいもん、と、思っている人でも、この台詞は知っているだろう。
もっとも、白水社の小田島雄志訳の『ハムレット』では

このままでいいのか、いけないのか、それが問題だ(第3幕1場)
(『ハムレット』より抜粋)

と、なっている。
翻訳によって、様々な工夫が凝らされているということだろう。
その違いを楽しむのも、ハムレットの楽しみだ。

演じてこそ、真価が発揮される

ところで、腰を抜かすほど感動したくせに、今回、『ハムレット』を改めて読みなおしてみて、私はとても驚いた。
難しい。本当に難しい。
こんなに難しい芝居だったっけ?
子供の頃は、代役だってこなせると思うほど、台詞回しをすべて覚えていたはずなのに、それは勝手な思い込みだったのだろうか。今となっては、まったくソラでは言えない。
つくづく、俳優ってすごいなと思う。
これだけの台詞を頭にたたきこみ、演じる役に入り込み、なおかつ、体でそれを表現しているのだから。
シェークスピアは人間の体を介してこそ伝わる感動があると知っていて、台詞を書き連ねたのかもしれない。難解な言葉も、名優が演じることによって、小学生でもわかる芝居となる。

観ようか、観まいか、迷ったら・・。

私が今、『ハムレット』を読んでいると言うと、心優しき若者が言った。
「ハムレット?暗いもん読んでるね。喜劇にしたら?憂鬱になるよ。やめなよ」と。
しかし、思い迷うことがあるときは、やはり『ハムレット』だ。
ここにも一人、悩みに悩み、苦しみに苦しんでいるヒトがいると、なぜか安心できる。
そして、思い出す。
腰を抜かしたあの日から、私は何度もハムレットに助けられてきたのだなと。
観るべきか、観ざるべきかと、迷っているヒトに私は言いたい。
恋人に裏切られたと傷ついた人にも言いたい。
つらいなら『ハムレット』を観て欲しい。そして、読んで欲しい。
そこにあるのは優しい共感だ。

(文:三浦暁子)

シェイクスピア全集 ハムレット

著者:ウィリアム・シェイクスピア(著) 小田島雄志(著)
出版社:白水社
滑稽、悲哀、苦悩、歓喜、陶酔……。奇蹟としか言いようのない深い洞察力によって人間のあらゆる感情を舞台の上に展開させたシェイクスピアの全劇作を生きた日本語に移した名翻訳。

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