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ランダムに電話をかけた相手が誰かを殺した直後である確率は約10億分の1である

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日本中を歩いて地図を作りたいと心に決めた伊能忠敬に「なんでそんなことすんの」と声をかけた誰かがいたかどうかは知らないが、大きな功績や発明は、最初から理解されるとは限らない。思いつきの疑問や取組みをバカにしちゃいけない。

全員でレーザー・ポインターを月に向けたら、月の色は変わるのか?

ランドール・マンロー『ホワット・イフ?』は、元NASAの研究者が、ウェブサイトに寄せられた突飛な設問に執念深く付き合って解き明かしていく本だ。例えば「地球にいる人間全員が一斉にレーザー・ポインターを月に向けたら、月の色は変わるでしょうか?」という設問。懸命に答えを導こうとする。世界にいる人をどの場所に配置し、どれくらいの光量を放てばいいのか。放つべき月は新月か満月か。地球上に存在する最も強力なレーザーは、「カリフォルニア州にあるローレンスリヴァモア研究所の、国立点火施設(NIF)という核融合研究施設の慣性閉じ込め核融合方式ビーム」だそうだが、これを全員に配り一斉に月に向けたら、大気をプラズマ化させてしまい、「地球の表面を瞬時に発火させるので、人類滅亡と相成る」。それは困った。

「ウィキペディア全体(たとえば英語版ウィキペディア)を印刷して所持しているとして、オンライン版で加えられる変更に遅れないように印刷版を更新するには、プリンターは何台必要ですか?」という問い。これまた、そんなこと考えなくたって構わない設問だが、回答をひねり出してくれる。(英語版で)1日あたり12万5000から15万件編集されているそうで、これを1分あたりに換算すると90〜100件。となれば、常時約6台のプリンターが稼働していればいいという計算になる。「なんだその程度かー」と安堵する反応がそもそも珍奇なのだが、そのあとで、紙代、電気代、インク代を合わせると毎月50万ドルかかると聞かされる。そう聞けば「ならば止めておこう」と納得できるだろう。

地球にいるすべての人間が一斉にジャンプをしたらどうなるか?

個人的に一番好きな問いは「ランダムに選んだ番号に電話をかけて『ゴッド・ブレス・ユー(英語圏で、誰かがくしゃみしたあとに、「お大事に」という意味でこのように言う)』と言ったら、たまたま相手がくしゃみした直後だった、ということになる確率はどれくらいですか?」という設問。そもそもその試み自体、ただの迷惑行為だが、こんなところで人道的に問うても仕方ない。著者は答える。「4万分の1くらいではないだろうか」。同時に警鐘を鳴らす。「電話した相手が誰かを殺した直後である確率も約10億分の1あることを覚えておいたほうがいい」。くしゃみの平均値は正確には出ていないが、ある調査によれば年間200回というデータが出ているという。この方法を5人が同時に実行した時、そのうちの2人が「互いに電話をかけあう確率は、約10兆分の1だ」と無駄にドラマチックな結果が示されていて面白い。

「地球にいるすべての人間ができる限りくっつきあって立ってジャンプし、全員同時に地面に降りたら、どんなことが起こりますか?」という設問。著者が気にするのは、むしろ一気にその場に人が集うことで生じるトラブルだ。携帯電話のネットワークがダウンし、地球史上最大の交通渋滞が起き、やがてガス欠になった車が多発し、補給などできないがゆえに車を盗むなど治安はたちまち悪化、あらゆるスーパーや飲食店は強奪に遭う。数週間のうちに「数十億の人間の墓場」となる。「生き残った人々は、世界中に散らばり、古い文明が完全な瓦礫と化したうえに、新たな文明を構築しようと苦しい努力をする」とかすかな期待を投げてみせる。

これらをバカバカしい取り組みだと思ったら、そんなあなたこそバカだ

科学とは「証明」のための学問であると思われがちだが、この本を読むと、「想像」のための学問でもあると教えてくれる。「光速の90パーセントの速さで投げられた野球のボールを打とうとしたら、どんなことが起こりますか?」「ステーキを高いところから落として、地上に到達したときにちょうど食べごろに焼けているようにするには、どれぐらいの高さから落としたらいいですか?」などなど、答える必要のない問いに必死に答えを導いていく。これらをバカバカしい取り組みだと思ったら、そんなあなたこそバカだ。一つ一つの丁寧な考察に、私たちが知らなかった科学の躍動感が漲っている。

(文:武田砂鉄)

ホワット・イフ? 野球のボールを光速で投げたらどうなるか

著者:ランドール・マンロー
出版社:早川書房
人類総がかりでレーザーポインタで照らしたら月の色は変わるか? お茶をかき回して沸騰させられる? 元NASAの研究者による人気のマンガ科学解説サイトを書籍化した、NYタイムズベストセラーリスト第1位、全米ロング&ベストセラーがついに翻訳刊行!

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