ハウツーが満載のコラム
文字サイズを変更する

インタヴューという名の悦楽

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

スイッチ・パブリッシングの社長であり、編集者であり、インタヴュアーとしても知られる新井敏記は、作家・池澤夏樹にロング・インタヴューを試みた。
それも、1991年から1993年まで、3年もの歳月をかけて行ったというのだから、普通ではない。
さらに普通でないのは、インタヴューする場所が変転していく点だ。ミクロネシアのヤップ島、沖縄の座間味島、そして東京と、インタヴューは次々とめまぐるしく居所を変えて行われている。作家・池澤夏樹を追いかけて、直接、話を聞いたからだ。さぞや慌ただしかったと思うのだが、長いインタヴューに漂うのは、ひたすらな静けさであり、途方もない悲しみであり、そして目眩がするほどの悦楽である。

沖に向かって泳ぐとは?

『沖にむかって泳ぐ 池澤夏樹ロング・インタヴュー』には、注意が必要だ。
心を打ちのめすような言葉が突然、襲ってくるからだ。それはあまりに思いがけないところから、いきなりもたらされるので、目の中に虫がいきなり飛びこんでくるようなショックを感じる。
たとえば・・・。

ヘミングウェイには失敗への勇気がない
(『沖にむかって泳ぐ 池澤夏樹ロング・インタヴュー』より抜粋)

えっ、と、私は息をのむ。
「男っぽく、戦火さえも恐れなかったヘミングウェイに、そんなこと言っちゃうわけ?」と、戸惑い、何となく、読んではならないものを読んでしまった気持ちになって、周囲を見回したくなる。

しかし、その後、きちんとした解説が続く。

その意味でヘミングウェイは自分の体験というファクトから創作のスタイルを離れる勇気がなかったといえる。つまり岸辺にそってしか泳げなかったというわけです
(『沖にむかって泳ぐ 池澤夏樹ロング・インタビュー』より抜粋)

ううむ、なるほど。
岸辺にしがみついていてはいけないと、主張しているわけではないのだ。
納得し、安心する私に、次のショックがもたらされる。
人には沖にむかって泳ぐタイプと岸にそって泳ぐタイプがあり、沖にむかって泳ぐためには、勇気をふりしぼる必要がある、と。

ある編集者に言われたこと

確かになあと、私は思う。
自分の体験を書く、それだけだって、私には充分に難しい。
エッセイとは主に自分の体験を書くものだと思うが、それは人前で裸になることに似ている。
どんなに気をつけても、自分が露わになってしまう。
普段は用心深く隠している秘密がさらされ、人には知られなくないようなよこしまな思いもにじみ出る。
そういえば、エッセイを書き出した頃、老獪な編集者に言われた。
「いいか、覚悟しなくちゃいけないよ。これからは自分のすべてをさらけ出すことになるんだよ。覚悟がないなら、やめた方がいい。悪いことは言わない。まだ間に合う」
私は不安になって質問した。
「それは結局、どうやって裸になるか考えろということですよね。なんでもかんでも見せればいいってものじゃない。プロになるってそういうことだとおっしゃりたいんですね」
すると、彼は「へぇ、考えてはいるんだ。だったら、いい。もう二度と言わない。できるところまでやってごらん。ただし、誰にも頼らず、一人でやるんだよ」と、言い、その後、アドバイスをしてくれなくなった。
私は見捨てられたような気がして、しかし、なぜ見捨てられたのかわからないままに、今も迷いながら書いている。

沖にむかって泳ごうとしただろうか?

『沖にむかって泳ぐ 池澤夏樹ロング・インタビュー』に触れると、なぜ自分が見捨てられたのかわかる気がする。
物を書くということについて、何の覚悟も持っていなかった自分に唖然とする。
私は、ただ書いていられればよかった。
そりゃあ、いいエッセーを書きたいし、本になれば嬉しい。
けれども、原稿の依頼がなくても、書きたい。書くという行為そのものが好きだからだ。いや、そうしていないといられないのに近い。一種の依存症みたいなものだ。
しかし、沖にむかって泳ぐような覚悟を伴っていたか? と、言われると、まったく自信がない。
私は何の覚悟もせずにだらだらだら書いてきただけなのではないか?

インタヴューを読む快感

池澤夏樹は、体験にしがみついてはいない。
彼はたくさんの体験をいったん自分の体に取り込み、心で咀嚼し、苦しんだ後に、さらなる高みを目指していると、私は思う。
その意味で「沖にむかって泳ぐ、ひたすらに泳ぐ」作家だといえよう。
彼は長編小説『マシアスギリの失脚』で、この世ではめぐり会えない世界へ私たちを誘う。沖にむかって泳いでいるからできる作品だ。
一方で、池澤夏樹は、大変な読書家であり、優れた書評家でもある。膨大な読書から得た知恵をわかりやすく整頓し、私たちに与えてくれる。それは彼の著書『世界文学を読みほどく』を読めばわかる。
そして、今回、私は池澤夏樹は優れた語り手でもあると知った。
次々と、遠慮しないで質問を浴びせかけるインタヴュアーに自ら歩みよる温かさもある。
インタヴューを読みふける悦楽、それは私にとって、初めての体験だったが、やみつきになりそうな快感でもあった。
これから何かを書こうとする人に、厳しく、そして、優しい本となるだろう。

(文:三浦暁子)

沖にむかって泳ぐ 池澤夏樹ロング・インタヴュー

著者:池澤夏樹(著) 新井敏記(著)
出版社:ボイジャー
1991年から3年間、ヤップ島、座間味島、東京と場所を変えながら、新井敏記は池澤夏樹に問いかけ続けた。作品を読み込み、そこに現れる作家のテーマを探り、読書と創作の軌跡を詳細に辿る。「作家池澤夏樹の肉声を通して、読書というある種の輝きを持った一瞬を共有したい」という思いに駆られて。 なぜ読むのか? そしてどのように読むのか。 なぜ書くのか? そしてどのように書くのか。 作家はインタヴューを通じて作家となるまでの航跡を総括し、自らの作品を振り返る。作家池澤夏樹をより深く理解するための、お薦めの一冊。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

関連記事