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新国立競技場問題、伝説の政治家・田中角栄ならどう解決したか?

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田中角栄。彼ほど多くの人に愛されながらも、猛烈な批判にさらされた政治家は他にいないのではないだろうか。「戦後を代表する総理大臣は?」というアンケートをとれば、吉田茂や佐藤栄作と並んで、必ずと言っていいほど田中の名前が挙げられる。

希代の天才政治家、田中角栄

田中角栄とはいかなる政治家だったのだろうか?『田中角栄の昭和』で紹介されている大物政治家のコメントから、その人物像を探ってみよう。

田中さんは天才的な発想ができる人だった。役人出身の私たちとは発想が違っていた。どの登山口から登ろうが、富士山の頂上に行ってしまうようなところがあった。

元首相・自民党 宮澤喜一

戦後日本をリードした保守政治家の代表で、社会党にとっては大きな政敵だったが、日中国交回復に尽力するなど共感できるところもあった。一方で、金権腐敗を拡大した人物であり、戦後日本の“光と影”を象徴している人物だった。

元首相・社会党委員長 村山富市

二分する評価

宮澤氏が指摘するように、田中は記憶力・発想力・行動力ともずば抜けた、天才的な政治家であった。

日中国交正常化を実現させた点は、異なる立場である社会党の村山氏からも高く評価された。

一方で、“金権政治”の象徴とされることも多く、戦後最大規模の汚職事件とされるロッキード事件は大きな衝撃を与えた。大規模な公共事業を多く手がけ、特に選挙区であった新潟には上越新幹線や関越自動車道を建設した。もちろん有益な事業も多かったものの、現在につながるハコモノ行政を推進したという面もある。日本の政治に大きな課題を残した政治家といえよう。

その一方で、田中ほど大衆に愛された政治家もまた、いなかったのではないだろうか。一度会った人の名前は決して忘れず、気遣いの達人であった。そして、大衆の心を鷲掴みにしてしまう演説と、人間味あふれるキャラクターが最大の魅力だった。

「やる」と言ったら絶対にやる

田中が支持されたのはそのキャラクターだけではない。決断力、実行力が並外れたものであったためだ。「やる」と言ったことは絶対にやり遂げる。そのかわり、できないことは最初からできないと言う。約束を必ず守ることで信頼を勝ち取る。それが田中の流儀なのだ。

2015年7月14日付けの日刊スポーツの記事によると、元宮崎県知事で前衆院議員の東国原英夫氏が新国立競技場の問題に触れ、こうコメントした。

「・・・今の政治家はコンピューターだけになってしまい、ブルドーザーがいない。もし、彼(田中角栄)のようなリーダーが今いたら、ちょっと待てよ、負の遺産になるから見直そうよと言っているはず。(中略)昭和の強いリーダーが求められていると思う」

新国立競技場の件は、本著を読んだ後だと、はたしてそうだろうかと思ってしまう。田中なら、新国立競技場の予算が足りないとくれば、あの手この手で工面して着工にこぎつけたのではないだろうか。現代の政治家のようにぶれまくったり、責任転嫁することはなく、最後まで信念を貫いたに違いない。

今の日本はリーダーを求めている

ただ、東国原氏が指摘するように、現代日本に「強いリーダー」が求められていることは間違いないと思う。そうした風潮の中で、田中の再評価が進んでいる印象を受ける。

今回紹介した『田中角栄の昭和』は2014年8月に出版された本だが、今でも書店に足を運んでみると、田中角栄を取り上げたムックや書籍がずいぶんと目につく。伝説的なスピーチをまとめたものなど、肯定的な内容のものが多い。

混迷の時代だからこそ、人々は強烈なリーダーの出現を望んでいる。“田中角栄ブーム”は、そんな世相を反映しているのではないだろうか。

(文:元城健)

田中角栄の昭和

著者:保阪正康
出版社:朝日新聞出版
昭和の時代は3人の首相で総括できる。東条英機、吉田茂、そして田中角栄だ。田中とは、いったい何者だったのか? 時代によってつくられ、時代をつくりかえた政治家。大衆の欲望を充足させた、悲しき代弁者。死したのちにも強力な「遺伝子」を残した絶対権力者――。昭和史研究の第一人者が異能宰相の軌跡を検証し、歴史のなかに正しく刻印する!!

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