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ゴッホの画は1枚を除いて売れ残りだったと知っていましたか?

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子供の頃、父が「今度のボーナスで好きなものを買ってやる。何か欲しいものあるか?」と、言うので、私は即座に「ゴッホの絵、できればひまわりがいい」と、答えた。
父は「むぅ」とうなったあと、ゴッホの絵はがきを買ってくれた。
幼い私にはそれで充分。嬉しくて、ランドセルに絵はがきのひまわりを入れ、毎日一緒に登校した。お守りのように思っていた。

生涯でたった一枚しか絵が売れなかった画家

ゴッホはあまりにも有名な画家だ。
「ひまわり」や「夜のカフェテラス」など有名な絵画を美術館で観たことがある方も多いだろう。
37年という短い人生の中で残した作品は、高額で取引されることでも知られ、「医師ガッシェの肖像」は何と180億3000万円で落札されたという。
しかし、生前、売れた絵は「赤いブドウ畑」、たった一枚だけ。
つまり私たちが夢中になっている絵は、すべて売れ残っていたものなのだ。

悲しみに満ちたその生涯

ゴッホは一生を這いずるようにして生きた。
精神疾患を抱え、耳切事件まで起こし、挙げ句の果てに、ピストルで腹部を打ち抜いて自殺した。
その人生は、貧しく、苦しく、いらいらした悲しみに満ちたものだった。
オランダで牧師の息子として生まれながら、美術や版画が好きで、画商の会社に勤めたものの、その偏屈な性格が災いし、解雇されてしまう。
次の夢は神学を学ぶことだったが、それも挫折し、結局、自分の道は画家しかないと決心する。その時、既に27歳。焦るなと言っても無理だろう。
しかし、自分をもてあましながらも、37歳で亡くなるまでの10年間、彼はただ描き続けた。

作品がそのまま伝記となる喜び

『ゴッホ 名画集』には、画家として活動を始めた初期の頃の作品「横向きの女性の肖像」から、亡くなる直前に描いた「オヴェール近くの風景、麦畑」まで、30の作品がおさめられている。すべてを年代順に掲げることもできたはずだが、『ゴッホ 名画集』では、作品を風景画、静物画、自画像と肖像の3つのジャンルに分け、年代順に並べるという手法を取った。
そのおかげで、絵を楽しみながら、同時に伝記を読むような面白さを味わえる。
ランドセルの中のお守りはとうに失ってしまったけれど、これからは電子書籍の中にあるゴッホの絵をお守りにして、この世の辛さを一瞬だけでも忘れていたいなと思う。

(文:三浦暁子)

ゴッホ 名画集

著者:西洋画研究会(著)
出版社:ゴマブックス
ポスト印象派を代表する巨匠、ゴッホ傑作選!! 解説付きだから面白い!! 本書は、ポスト印象派の代表的な画家であり、日本でも大変人気のあるゴッホの作品の中から、特に傑作と思われるものを厳選し、それぞれに解説を加えた。約10年という短い創作活動のなかで繰り広げられた、ゴッホの世界をじっくりお楽しみください。
【ゴッホ プロフィール】フィンセント・ファン・ゴッホ(1853~1890)は、ポスト印象派の画家。代表作は、《ひまわり》、《夜のカフェテラス》、《医師ガシェの肖像》など多数。これらの作品のほとんどは、彼の37年という短い人生の晩年に描かれた。1853年3月30日、オランダ南部の北ブラント地方、フロート=ズンデルト生まれ。父はプロテスタントの牧師。ゴッホはまず美術・版画商の職に就くが約7年で解雇、その後、神学を学ぶために大学進学を目指すが断念、さらに伝道者の資格を目指すが取得に至らないなど、挫折をくり返した。27歳で画家になることを決意した。生前は、不遇の日々を送り、売れた絵は《赤いブドウ畑》の1枚だけだったと言われている。彼の精神的・経済的に支えとなったのは、弟のテオだった。精神疾患や耳切り事件、ピストル自殺など、壮絶な人生を送ったゴッホだったが、人生の悲しみや苦しみを抱えながら、己の内面を表現した大胆で情感豊かな作品は、彼を表現主義の先駆者とならしめ、後世の美術に多大な影響を与えた。

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