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美しい獣、ダルビッシュ有

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私は神戸に住んで今年でちょうど30年になる。
神戸は港町で、昔から外国人が多く住む町だ。おかげで、関東で育った私もすぐにとけ込むことができた
今や我が町となった神戸にダルビッシュ記念館ができたのは、2013年11月11日の11時11分のこと。背番号の11にちなみ「space11」と名付けられた。

オールスターで出会った彼

一度だけダルビッシュをすぐ近くで見たことがある。
2007年オールスター初日のことだ。
その日、私は東京ドームの選手控え室にいた。
ちょうどその時、『梶本隆夫物語』という野球選手の伝記を執筆中だったため、取材のためにお招きを受けたのだ。
「こんな幸運は一生に一度よね」と、興奮して、廊下をウロウロしていたら、すぐ目の前を、ほっそりとした、しかし、とてつもなく美しいものが通り過ぎた。
「一体、あれは何かしら?」と、見とれていると、近くにいた方が「ダルビッシュですよ。今日の先発投手です」と、教えてくれたのだ。

独特のその姿態

なぜかその時、私は彼を人間とは思わず、「キリンみたい」と、呟いてしまった。
小さくて尖った顔、大きな目、驚くほど長い首に、細くしなるその体。
彼は歩くというより、すべるように前進していった。
前掲した首を伸ばしながら歩く姿は、人間と言うより、キリンのようだった。いや、伝説の動物である「麒麟」に近い神々しさを醸し出していた。
彼はニコリともせず、かといって、無愛想というわけでもなく、ただ静かに、私たちの前を通り過ぎていった。

魅力の源は何だろう

ファッション・モデルさながらの美しい外見。それでいながら、ぶちかますようなスローイング。
悔しいときは悔しさを隠さずに、嬉しいときは嬉しさに身をまかせて感情を爆発させる。それがダルビッシュだ。
動と静、不良っぽさとひたむきさ。クールでいながら、実はいたずらっぽい表情。
ダルビッシュはどうしてあんなに魅力的なのだろう。
なぜ野球選手になったのだろう。
時々、見せる寂しげな横顔は、何を示しているのだろう。
答えは『ダルビッシュ有はどこから来たのか』にある。

ダルビッシュを探して

ノンフィクションライターとして数多くの著書を持つ松下茂典は、丁寧な取材を行い、ダルビッシュの魅力を探り、彼がこれからどこへ行こうとしているのか、熱意をこめて記している。
イランのテヘラン生まれの父ファルサ、そして、大阪の羽曳野市で生まれた母の郁代。
遠く離れた国で生まれ育った二人は、アメリカ留学中に出会い、恋に落ち、結婚した。
日本で暮らすようになったのは、1980年に勃発したイラン・イラク戦争が泥沼化し、帰国して働くことができなくなったからだそうだ。
二人の出会いが、ダルビッシュをこの世に送り出した。
天才と褒めそやされてはいるが、彼の道のりは、決して、安易なものでなかった。
ハーフゆえの悩み。我が道を行く態度で、周囲とぶつかったこともある。
それでも、やっぱり、ダルビッシュは素敵。
本物に会うことはもうできないだろうが、せめて神戸のspace11に出かけ、その魅力に浸りたいものだ。

(文:三浦暁子)

ダルビッシュ有はどこから来たのか

著者:松下茂典(著)
出版社:潮出版社
ルーキーイヤーの2012年、不慣れなメジャー球と硬いマウンドに苦しみながらも16勝をあげ、今季開幕戦、惜しくも日本人初となる米球界での完全試合を逃した、テキサス・レンジャーズのダルビッシュ有投手。 本書はイラン人の父・ファルサと日本人の母・郁代との間に生まれたダルビッシュ初の評伝である。「ダルビッシュ セファット ファリード 有」という4つの単語からなる本名には、父の祖国イランの歴史が込められていた。そして、ダルビッシュとはペルシャ語で「人里離れた荒野で修業を積む托鉢僧」を意味することを知った著者は、そのことに関心とこだわりをもちながら、両親の出会いからダルビッシュの知られざる成長の軌跡まで、綿密な取材で数奇な人生を追った。 世界一の投手をめざすダルビッシュの“これまでと、これからがわかる”1冊である。

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