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お正月の箱根駅伝をつまらないと思っている人へ

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箱根駅伝は、関東の大学21チームが競い合う。特別枠として、予選敗退した大学から、1校につき優秀な1名ずつを「選抜」してチームを結成する。もしも、その選抜チームが箱根駅伝で「優勝」を目指すと宣言したら?

学連選抜チームが優勝できない理由

通常ならば、そんなことは絶対にありえない。いわば「敗者復活チーム」が箱根駅伝で優勝するなんてことは。

第一に、選抜チームのレース結果は、公式記録として認められないきまりになっている。順位がつかない。たとえ優勝しても、単なる「参考記録」として扱われる。だから、優勝しようというモチベーションがそもそも働かない。

第二に、急ごしらえの寄せあつめチームで勝てるほど、箱根駅伝は甘くない。1月の厳しい寒さのなか、標高差864メートルの起伏や激しい海風に耐えてなお走り続けられるのは、苦楽をともにした仲間たちに、タスキを必ず届けてみせるという強い気持ちがあればこそだ。

第三に、少なからず遠慮がある。もしも選抜チームが優勝しようものなら、栄冠をつかむため厳しい練習に耐えてきたほかの大学陸上部の面目が丸つぶれになる。箱根駅伝は、大学や企業のPRも兼ねたイベントなので、興行が白けてしまうのは避けたい。

寄せ集めのチームが優勝することは可能か?

それでも、理屈のうえでは、選抜チームが正規出場チームよりも先にゴールテープを切ることは不可能ではない。

なぜなら、選抜チームのメンバーは、予選会を通過できなかった大学陸上部の「上位タイム保持者」から選ばれるからだ。予選会の選考は、チームの合計タイムが基準なので、団体成績に埋もれたけれどじつは個人タイムが良かった選手がまぎれていることもある。

考え方ひとつだ。公式記録に残らなくてもいい。寄せ集めのチームであっても団結すればいい。主催者や他の大学陸上部の面目なんて気にしなければいい。そう考えることができるならば。

なにか切実な「箱根駅伝で優勝しなければならない理由」さえあれば、寄せ集めの選抜チームが優勝することは不可能ではない。

悲劇の名将がつかんだ最後のチャンス

美浜大陸上部の吉池監督は、陸上アスリートの育成者としては一流だった。かつての教え子たちには、オリンピック選手や日本記録保持者が何名もいる。しかし、吉池監督はつくづく箱根に縁がなかった。30年のあいだ一度も、自分のチームを箱根駅伝の本選に送り出せなかったからだ。

来年に定年をひかえた、人生最後の予選会。だが、美浜大の駅伝チームは、あと一歩というところで本選出場を逃した。ただ1名、吉池監督だけを除いては。

どういうことか理由を説明しよう。箱根駅伝を主催する関東学生陸上競技連盟の規定によれば、学連選抜チームについて「予選会で落選した大学のうち最上位の大学の監督が務める」ことになっている。つまり、教え子たちを連れて行けないかわりに、選抜チーム監督という形で、箱根駅伝の本選出場という宿願を果たしたわけだ。

繰り返しになるが、学連選抜チームとは、予選会を通過できなかった大学陸上部チームの上位タイム保持者を集めたものだ。このメンバーならいける、と判断した吉池監督は陸上マスコミに宣言する。「我々は、優勝を目指します」と。

なぜ箱根駅伝のテレビ放送は人気があるのか

申しおくれたが、美浜大陸上部というチームは実在しない。吉池監督も架空の人物だ。

どれだけ好成績を残しても公式順位として認められない「学連選抜」の選手たちが、ある理由によって箱根駅伝で優勝を目指す。これは、長編スポーツ小説『チーム』(堂場瞬一/著)のあらすじだ。

フィクションだとわかっていても、これほど胸をアツくする「たくらみ」はない。本書が扱っている「箱根駅伝」の尋常ではない面白さは、毎年の正月三が日に沿道を埋め尽くし、テレビやラジオにかじりついて応援している全国の視聴者の多さが裏づけている。

区間新記録を実現できるスター選手が1人いるだけでは、けっして箱根を制することはできない。信じられないかもしれないが、出場する多くの選手たちは万全の体調ではない。なかには過去にやらかしたヒザの故障におびえながら、それでもなお優勝する可能性にかけて、自分に任された20キロメートルを全力疾走しようとする者がいる。とにもかくにも、箱根駅伝はおもしろい。

千人ランナーがいれば、走る理由は千通りある

陸上選手にとって、箱根駅伝ほど「しんどい(疲れる)」ものはないという。総距離217.9kmを往路と復路にわけて2日間で駆け抜ける。10人で分担して走るとはいえ、ハーフマラソンを全力疾走するわけであり、タスキを渡すころには立っていられないほどフラフラになる。

過酷なレースであるから、致命的なケガを負ってしまう選手も少なくない。駅伝専用の練習をこなす必要があるので、肝心のトラック競技に弱くなりがちだ。識者のなかには「箱根駅伝不要論」の声もあるらしい。それでも、箱根駅伝をめざす若きアスリートは後を絶たない。本書の登場人物たちも、志を同じくする者たちだ。

クライマックスで「十区の走者」つまりアンカーを務める選手は、じつをいうと前年の箱根駅伝レースの最中にヒザを故障して、チームの最終順位を落としてしまった。後悔と落胆にとらわれていたその選手は、吉池監督にはげまされて、ふたたびリベンジを果たすことを誓う。

「千人ランナーがいれば、走る理由は千通りある」

作中に登場するこの言葉は、箱根駅伝にかかわらず、わたしたちの人生にも当てはまる。わたしが走る理由。あなたが走る理由。いま見つからないとしても、とにかく走りつづけるしかない。そのうち、いつか行きたかった場所へたどりつけるかもしれない。

(文:忌川タツヤ)

チーム

著者:堂場瞬一(著)
出版社:実業之日本社
箱根駅伝の出場を逃した大学のなかから、予選で好タイムを出した選手が選ばれる混成チーム「学連選抜」。究極のチームスポーツといわれる駅伝で、いわば“敗者の寄せ集め”の選抜メンバーは、何のために襷をつなぐのか。東京~箱根間往復217.9kmの勝負の行方は――選手たちの葛藤と激走を描ききったスポーツ小説の金字塔。

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