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日本に生命保険を輸入したのは、あの男だった!

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死ぬのが怖い。なぜなら「何年何月何日何時何分何秒に死ぬのか」誰にもわからないからだ。

死は人生最大のリスクだ。早すぎれば家族をひどく悲しませる。遅すぎれば老後が不安だ。だから、長生きリスクの備えとして年金制度がある。思わぬ事故死や病死リスクの備えとして、扶養家族を困らせないために生命保険がある。

江戸時代には、現代のような生命保険はなかった。はじまりは明治時代。日本人が安心して人生に立ち向かえるようになったのは、福沢諭吉が明治生命を作ったおかげなのだ。

すぐにわかる生命保険の歴史

現在の明治安田生命は、2004年に明治生命と安田生命が合併した会社だ。

合併する前の明治生命は、その名のとおり明治14年(1881年)に創業している。福沢諭吉の尽力により、慶應義塾で教え子だった阿部泰蔵が日本初の生命保険会社を作った。

福沢諭吉の功績は『学問のすすめ』だけではない。
慶応義塾大学を創立したことをはじめ、日本銀行の設立にも大きく関わっており、近代日本のビジョンを示したといってもよい。著書『西洋旅案内』で「災難請負(インシュアランス)」を日本人に紹介したのも福沢諭吉だった。

もう一方の安田生命は、じつをいうと創業が明治生命よりも1年早い。しかし当時の社名は『共済五百名社』といって、現代の生命保険とは異なる仕組みだった。

そば1杯分のカネで安心が買える

安田生命の前身である「共済五百名社」については『命の値段 生命保険を創った男たち』(渡辺房男/著)が詳しい。経済小説という体裁だが、近代日本における生命保険の成り立ちについて知ることができる。

「共済五百名社」は、その名のとおり「500名」から掛け金を集めて、加入者が死亡したときに保険金が支払われる仕組みだ。ただし、富裕層のみを対象とした死亡保険だった。庶民は門前払いを受けた。

まもなくして、庶民のために「助け合い保険」が考案される。小説内では「一銭社」の名を冠している。毎月「一銭」を支払えば死亡したときに「百円」を受け取れる、という生命保険会社だった。

当時、かけそば1杯が「1銭」であり、10円あれば1ヶ月暮らせたという。現代ならば「毎月数百円の掛け金で、不慮の死亡時に100万円受け取れる」という感覚だろうか。

黎明期の生命保険をゆるがす大事件

明治生命は、日本で最初の「近代的な生命保険会社」だ。
なにをもって近代的かといえば、年齢別死亡統計データや準備金の有無だ。共済五百名社や一銭社は、いわゆる「助け合い組合」にすぎなかった。病歴や年齢を不問としていたからだ。

福沢諭吉が紹介したのは「生命保険という概念」だけではなかった。年齢別の死亡率をもとに毎月の掛け金や死亡時支給額を決定するという、まさに近代的な生命保険の仕組みを日本に持ち込んだことが、みんな大好き1万円札おじさんの功績なのだ。

明治時代には、何度もコレラが大流行している。
そのたびに1000名を超える死者が出た。災害死を考慮して毎月の掛金を定めていた明治生命は生き残った。立てつづけに多額の保険金支払いを求められた「一銭社」はたちまち破綻した。富裕層を相手にしていた共済五百名社も経営難に陥り、のちに「明治生命方式」へと変更している。

黎明期の生命保険をおびやかしたのは、災害や疫病だけではない。
小説『命の値段 生命保険を創った男たち』では、生命保険を名目とした投資詐欺事件や保険金殺人も扱っている。数々の困難を経て、現代の生命保険が確立したというわけだ。

国家百年の計は生命保険が実現した

一銭社のような、年齢別死亡統計を用いない「助け合い保険」は、日本の生命保険史では「擬似保険」と呼ばれており、いわば「なかったことに」されている。他人からカネを預かる事業としては欠陥があったからだ。

設立の理念は立派だった。
作中、一銭社のおかげで路頭に迷わずに済んだ未亡人や遺児たちがいるからだ。はからずも、近代的な生命保険システムの有効性を裏付けする役割を果たしたことになる。

現実の世界では、時代を重ねるごとに生命保険会社はその社会的意義を増している。
たとえば東日本大震災のときには、多くの被災者家族が助けられた。ほとんどの保険会社が請求時効や災害特約を特別に免除して、死亡保険金の全額支払いに応じている。

いまや国内における生命保険の年間売上高は、日本国の税収に匹敵する。
契約者から集めた巨額の資金は、生命保険システムの安定運用のため債券や株式へ分散投資されている。ゆえに、いま生命保険会社は「モノ言う株主」として、日本企業に経営健全化をうながす存在として期待が寄せられている。

福沢諭吉をはじめとする明治時代の偉人たちが思い描いた「国家百年の計」が、まさに100年を経て見事に結実したと言えるのではないだろうか。

(文:忌川タツヤ)

命の値段

著者:渡辺房男(著)
出版社:実業之日本社
貴殿の命は百円なり。生命保険という名の命の絆に賭けた男たちの熱き志を描く! 明治の初め、質屋を営んでいた角田小太郎は、友人の巡査の死や新興商人・安田善次郎との出会いを機に、庶民のための「人命保険」結社を立ち上げた。しかし、「宵越しの金は持たない」江戸っ子たちに生命保険の精神を浸透させるには、多くの災厄と困難に立ち向かわねばならなかった――福沢諭吉が日本に初めて紹介した生命保険の黎明期を描く感動の歴史ドラマ。

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