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いいともレギュラーだった志茂田景樹の小説がスゴイ!

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私が志茂田景樹(しもだ・かげき)をはじめて知ったのは「笑っていいとも」だった。記憶がさだかではないので調べてみたところ、1990年(平成2年)から、いいともレギュラーとして出演をはじめている。

テレビで「直木賞作家 志茂田景樹」と紹介されているのを見て、いちおう小説家であることは知っていた。しかし、その名どおりのカゲキな髪の色や服装の印象がつよく、それゆえにタカをくくってしまい、私は志茂田さんの著書をあえて読もうとはしてこなかった。

ほんとうの志茂田景樹

当時10才だった私は、いいともレギュラーだった志茂田さんを見て、直木賞をたいしたことのない文学賞だと思っていた。「小説家で食えなくなったから芸能界に出稼ぎに来ているのだろう」と、勝手に決めつけていた。

とんでもない! 志茂田景樹は、超一流の作家だ。1976年に講談社の小説現代新人賞でデビュー。1980年に『黄色い牙』が直木三十五賞。あの向田邦子と同時受賞だった。直木賞はラッキーでとれる賞ではない。本書は、まぎれもない傑作だ。

阿仁マタギの歴史

黄色い牙というのは、熊のそれを指している。食料である野生動物のこってりとした脂(やに)の色がしみついたものだ。

直木賞受賞作『黄色い牙』は、秋田県の阿仁(あに)マタギの物語だ。「マタギ」とは、わかりやすくいえば「猟師」のことだ。江戸時代よりもずっと昔から、けわしい山の奥深くに集落をかまえて、ツキノワグマなどの野獣を狩ることで生計をたてている人々。

物語は、大正時代からはじまる。当時、おなじ重さの熊胆(くまのい)と金塊は等価交換することができた。熊胆は漢方薬の原料として珍重されていたからだ。阿仁マタギたちは当時のサラリーマンの何倍もの年収があったという。

しかし、大正時代から昭和へと時代がうつるにつれて、毛皮や熊胆の価値は下がっていく。日本の近代化による様々な要因によって、マタギの伝統的な生計がおびやかされていた。

本書『黄色い牙』は、20世紀初頭の日本が欧米列強に対抗するため急激に近代化をすすめた余波によって、ヒトとカネの両面からマタギ共同体の維持がむずかしくなっていった歴史的経緯を、マタギの頭領である「シカリ」の視点から描いている。

熊を狩るための道具

猟師やマタギといえば「猟銃」つまり「鉄砲」をセットにして思い浮かべる人がほとんどだろう。そもそも、鉄砲は軍事兵器だ。火縄銃が日本に伝来したのは1540年ごろ。当時の最新技術であり、高価であり、専業のマタギといえども扱える代物ではない。

むかしのマタギたちは「熊槍(タテ)」とよばれる2メートル長の得物をもちいて熊を倒していた。大正時代にも残っており、熟練したマタギならば熊槍(タテ)だけで凶暴なツキノワグマを倒すことができたという。

知られざる歴史小説の傑作

直木賞作品『黄色い牙』が発表された24年後に、おなじ大正時代の阿仁マタギを題材にした『邂逅の森』(熊谷達也/著)が直木賞に選ばれた。東北地方のマタギ共同体の物語は、時代を問わず多くの読者をひきつけてやまないのだろう。

あの当時、マタギ集落の近隣では銅山開発による環境破壊がはじまっていた。富国強兵の名のもとに、原住民であるマタギたちをかえりみることのない無計画な森林伐採がおこなわれ、伝統的な猟場が荒らされていった。

収入源であった熊胆(くまのい)の価格下落は、若いマタギたちを不安にさせた。なかには伝統的なマタギ業に見切りをつけて、あろうことか銅の採掘場へ出稼ぎに向かう者まで現れはじめる。満州事変が発生して、第二次世界大戦が間近にせまっていた。

本書は、知られざる阿仁マタギの伝統や生活習慣を克明に書きあらわした歴史小説だ。当時、電気が届かない東北地方の山奥で暮らしていた阿仁マタギにとっても激動の時代となった「大正から昭和初期という時代の空気」を追体験できる1冊だ。

(文:忌川タツヤ)

黄色い牙

著者:志茂田景樹(著)
出版社:アドレナライズ
直木賞受賞の不朽の名作、待望のリニューアル。 家族の絆、人間と動物の熱い交流。失われた価値を求めて今、圧倒的な注目を集める話題作がついに電子書籍で復刊!  秋田山中で狩猟によって生活しているマタギの社会を迫真力に富んだ筆致で描いている。 マタギの頭領をシカリというが、主人公のシカリ・佐藤継憲の目を通して、近代化に向かう日本社会のなかでしだいに滅びに向かうマタギ社会の悲哀が伝わってくる。大自然と動物、動物と人間とのかかわりも巧みに描写されているが、とくに主人公と、その宿怨の敵である巨大なツキノワグマの鬼黒との決闘シーンは手に汗を握らせられる。 スケールの大きい動物小説として、文句なしの傑作。現代の乱脈な自然開発、環境汚染に警鐘を鳴らしている側面もあり、心おこしが叫ばれる今、再び脚光を浴びている。 ●志茂田景樹(しもだ・かげき) 静岡県生まれ。おひつじ座のA型。中央大学法学部卒。塾講師、新聞記者などを経て、1976年秋に『やっとこ探偵』で第二七回小説現代新人賞を、1980年には『黄色い牙』で第八三回直木賞を受賞。

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