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なぜ「カシアス・マーセラス・クレイ」は「モハメド・アリ」になったのか?

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カシアス・マーセラス・クレイと聞いてニヤリとする人は、かなりのボクシング通、または格闘技通だろう。そう、伝説のヘビー級ボクサー、モハメド・アリの本名なのだ。

モハメド・アリといえば、1976年6月26日に当時の新日本プロレスの絶対的エース、アントニオ猪木と異種格闘技戦を行ったので、名前を知っているという人も多いのではないだろうか。

猪木・アリ戦の詳細はいたるところで語られている通り。当初は「世紀の凡戦」と批判されていたものの、当時のいきさつなどがわかるに連れ、お互いが負けられないという究極の状況のなか行われた試合であるということがわかり、今では評価がかなり変わってきている。実力のあるもの同士が真剣勝負をした場合、膠着状態にもつれ込むというのはよくあることだ。

ヘビー級のボクシングを変えた男

さて、そのモハメド・アリだが、本名はカシアス・マーセラス・クレイ。世界最強のチャンピオンとして、1964年から1979年の16年もの間君臨。しかし、その生き様は順風満帆というわけではない。アリの敵はアメリカそのものだったのだから。

カシアスは、12歳でボクシングデビュー。ヘビー級の体格ながら驚異的なスピードを持ち、1960年のローマオリンピックではライト・ヘビー級で金メダルを獲得。それまでのヘビー級のボクシングは、一発のパンチで勝負が決する、力対力という側面が強かった。

しかし、カシアスはそこに「スピード」と「スタミナ」という要素を持ち込み、ヘビー級のボクシングを変えていくことになる。「蝶のように舞い、蜂のように刺す」と形容されるボクシングスタイルは、当時のヘビー級ではありえなかったことなのだ。

アメリカと闘うためにイスラム教へ

カシアスはなぜ、モハメド・アリという名前を名乗るようになったのだろうか。それは「アメリカ」という国と闘うためだ。

当時のアメリカは白人社会。一方カシアスは黒人だ。カシアス以前は、黒人がヘビー級ボクサーとしてのし上がっていくためには、白人社会へ順応する必要があった。つまり黒人でありながら白人社会へ順応していく「準白人」になる必要があった。言い方は悪いが、「黒人としてのアイデンティティ」を捨てなければいけなかったのだ。

カシアスは12歳のときに洗礼を受けたキリスト教徒であったが、1964年に離脱しイスラム教へと改宗している。キリスト教はいわば白人社会の根幹を形成している宗教である。白人社会へ飲み込まれないようにするために、カシアスはキリスト教を離れる必要があったのだ。

そしてイスラム教に改宗した後、教団の指導者から授かった「モハメド・アリ」という名前を名乗ることになる。「モハメド」とは「賞賛に値する」という意味。「アリ」は預言者マホメットの従兄弟で、マホメットの死後に第三代カリフとなった人物の名前だ。このような意味のある名前を名乗ることで、白人社会であるアメリカからの離脱を図ったのだ。

その後は、モハメド・アリとして数々のチャンピオンを倒し、「真のチャンピオン」としてボクシング界に君臨。ただし、アメリカの徴兵を拒否したために追放処分を受け、一時ボクシングマットから遠ざかる。

ここでもアリは屈しない。アメリカを相手に裁判を行い、1970年には追放処分が解除される。実質的にアメリカの敗北、アリの勝利という形になった。これは、世論がアリのボクシングを望んでいたこと、そしてベトナム反戦の気運が高まっていたという背景も強く作用している。

復帰後は、アメリカが送り出すヘビー級のボクサーを相手に、名勝負を繰り広げる。モハメド・アリは、次々と現れる強敵を通して「アメリカ」そのものと闘い続けたのだ。

「モハメド・アリ」は今も生き続ける

モハメド・アリの生き方は、アメリカにおける黒人の地位を浮き彫りにしている。白人社会に迎合して「準白人」として生きていくか、白人とはまったく別の世界で生きていくしかなかった当時、アリは「白人社会=アメリカ」を相手に、ずば抜けたボクシングセンスに加え、強い肉体と精神で闘い抜いた。

1981年、トレバー・バービックとの試合に負けたモハメド・アリは現役を引退。数々の試合で頭部に受けた打撃が原因とされるパーキンソン病と闘っている。時々、公の場に姿を表わすこともあるので、テレビなどで目にした人もいることだろう。

「モハメド・アリ」は単なるリングネームではない。アメリカという国と闘うための覚悟であり、武器。そしてその名前こそが、現代のボクシングを変えた源なのだ。

(文:三浦一紀 )

モハメド・アリ : 合衆国と闘った輝ける魂

著者:田原八郎
出版社:燃焼社
モハメド・アリが生命をかけて闘った真の相手は、徴兵を拒否したアリをリングから追放した合衆国であった。アリがタイトルマッチで迎え撃った、リストン、フレェージャー、フォアマン…など最強の挑戦者たちは、アメリカ総権力がアリを追い落とすために放った「刺客」であった。

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