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某国に、某ランドのパクリ遊園地が開園した理由

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以前、お隣の某国に完成した某ネズミの国のテーマパークをパクった…いやいや、オマージュした遊園地が注目を集めた。園内にはシン●レラ城そっくりな建物がある一方で、ドラ●もんやピ●チュウなど日本のキャラクターの着ぐるみが歩き回る光景が見られるなど、そのカオスぶりはネット掲示板でも大いに話題になった。

ここまで露骨なオマージュが生まれた背景には、いったい何があるのだろうか。

江戸の街はオマージュだらけだった!

こういった既存の人気施設のオマージュは、決して某国だけの得意技ではない。「復元思想の社会史」(鈴木博之/著)によると、江戸の街には各地の有名建築のオマージュがあふれていたという。

たとえば、富岡八幡宮のすぐ近くに、京都の三十三間堂をそっくりそのまま模倣した建築があった。ネーミングもずばりそのままで、江戸三十三間堂だ。何のひねりもないところが、実に潔い。さらに、青山には現在御開帳で話題になっている長野の善光寺に瓜二つのデザインの、青山善光寺があったという。
残念ながら現在は2棟とも失われてしまっているようだ。惜しい。もし残っていれば、東京にいながら日本各地の名所めぐりをしている気分が味わえたかもしれない。

著者はこういった建築表現を「うつし」と呼んでいる。先ほどの某国のテーマパークも、某ネズミの国の「うつし」と言うことができるだろう(言い換えるだけで印象がだいぶ変わるものだ)。

平安時代の建築ではない平安神宮

過去のデザインを蘇らせた「うつし」もある。

京都旅行の定番観光地といえば、金閣寺や清水寺と並んで思い浮かぶのが、平安神宮だ。朱塗りの煌びやかな社殿を見て、平安ロマンを感じた人も多いのではないだろうか。名前からして古そうなイメージで、平安とつくからには平安時代の建築だと思う人も多いかもしれない。

ところが、そうではないのだ。さて、いつごろの建物だと思うだろうか?

室町時代? それとも、江戸時代?

いずれも不正解。正解はもっと新しくて、明治時代の建築なのだ。平安遷都1100年を記念して行われた、「第4回内国勧業博覧会」というイベントのメインパビリオンとして完成したもので、建物は平安時代の大内裏をイメージしているのだという。

そんな平安神宮も、現在は重要文化財になっている。「うつし」も時代が経てば、評価の対象になるというわけだ。

「うつし」が生まれる背景

建築の世界で「うつし」の表現が生まれる理由を、著者はこう推察している。

容易には訪れることができない遠く離れた名所や札所などのオリジナルに対する憧憬や信仰といった強い思いであろう。

平安神宮は京都の人々が、はるか昔の平安京の時代に思いを馳せた結果として、生まれた表現といえる。
某ネズミの国の建築を「うつし」た人も、安易な金儲けのために整備したのではないのかもしれない。きっと、アメリカや日本の文化に対するいろいろな憧れが増幅してしまった結果、世にも奇妙なカオス空間が作り出されてしまったのだろうか。

(文:元城健)

※画像はイメージです。本文とは関係ありません。

復元思想の社会史

著者:鈴木博之
出版社名:建築資料研究社
歴史の中で生み出され続ける「復元」は、その時代の要請に従って行われてきた。古墳から近代建築まで、日本建築史上の豊富なトピックから「復元」の諸相を炙り出し、変化する社会・歴史観と建築の関係を読み解く。

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