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あの名曲の歌詞の行間を埋めたい

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イントロが流れただけで、初めて聞いた時にいた場所、空気の匂い、そして風景の細部までが甦る。そんな曲はないだろうか。筆者の場合は、今思いつくだけでも5曲ある。最初の1曲にめぐり会った時のことも、もちろんはっきり覚えている。あれは中学1年生の夏だった。

アメリカン・トップ40

あの曲を初めて聞いたのは、FEN(FAR EAST NETWORK:米軍のラジオ放送網)で毎週土曜日の午後に放送されていた『アメリカン・トップ40』という番組だった。

中学生なので、DJのケイシー・ケイサムが言っていることはほとんどわからない。7月のある土曜日にいつものように聞いていると、一瞬で心をつかまれるイントロが聞こえてきた。自分で作ったわけではないのでまったく正しくないのだが、“降りてきた”という言い方のほうがしっくりくる気がする。

大音量で聞いていたわけではないので、家のすぐ近くを通っている電車の音や隣の飼い犬の鳴き声も耳に入ってくるはずだ。でも、この曲がかかっている4分間くらいはメロディーと歌声以外何も聞こえなかった。

曲が終わり、その後聞こえてくるケイシー・ケイサムの声に全神経を集中させた。アーティスト名と曲名をどうしても聞き逃したくなかったからだ。ケイシー・ケイサムの滑舌がよかったのか、筆者の必死さの結果か、しっかり聞き取れた。アーティスト名は10cc、曲名は『アイム・ノット・イン・ラブ』だ。

あの時の夕焼けの色あいとか、それが照らし出すひまわりの花の黄色とか、あたりを満たす夏の夕暮れの香りとか、すべて鮮明に覚えている。

英語を勉強するきっかけ

今ならネットですぐに動画を検索してPVを見ることもできるし、歌詞を調べることもできる。でも、当時はレコードやテープを買ってきて歌詞カードを確認するしかなかった。こうして英語を学び始めた頃に買ったシングル盤が、英語に触れていく大きなモチベーションになった。

歌詞カードを見ながら辞書を引き、単語の意味を調べるという作業は全然苦にならなかった。中学1年生なりに、曲の世界観を知りたいという気持ちがとても強かったからだと思う。

曲の行間を埋めるもの

初めて聞いた瞬間に大きな衝撃を受け、ちょっと大げさに言えば今のキャリアにつながるきっかけとなった1曲が生まれた背景をつまびらかにしてくれるのが、『アイム・ノット・イン・ラブ/10cc』 (BS-TBS・著/ブックビヨンド・刊)という本だ。

BSの音楽番組の内容をそのまま“紙焼き”した体の一冊なのだが、音楽という耳を通じて入ってくるアートに関する情報を文字という形で目から入れる作業の新鮮さが心地よい。

これは、巻末に掲載された歌詞を見た時に、特に感じた。10代から50代まで数えきれないほどの回数を聞いたこの曲、自分なりの体験を通じて歌詞の行間にいろいろなものを見てきたつもりなのだけれど、近いかなと思えるものもあれば、まるで見当違いのものもあった。ただし、作って送る側、受け容れて聞く側双方の絶対的コンセンサスとなる思いは、最初から決まっていたのだろう。

フランスの南西部の田舎町に、この曲の誕生の鍵を握る人物を訪ねた。10ccのメンバー、エリック・スチュアートだ。「曲ができて初めて聴いた時はとても興奮したよ。そこに座って何時間も繰り返し聞きながら、『すごい曲ができたぞ』と思っていたんだ。よくこんな冗談を言い合ったよ。『怪物のような曲ができたぞ。怪物のようにヒットするか。それとも怪物のような失敗作になるのかな?』ってね。」

『アイム・ノット・イン・ラブ/10cc』より引用

こういう言い方も間違いだろうこともよくわかっている。でも、これまで数えきれないほどの回数この曲を聞いてきた自分の姿をつい重ねてしまう。これでまたひとつ、歌詞の行間を埋めることができた。

モンスターヒットの本質

歴史に残るモンスターヒットの本質は、時間の経過と共に明らかになる。いや、一定の時間が経過しないと、作った本人さえもすごさがわからないのかもしれない。エリック・スチュアートは、こんな言葉も残している。

エリックも曲が完成したときは、戸惑いがあった。「分からなかったんだ。でも特別な曲だってことは分かっていた。音楽業界の連中が電話してきたよ。ウィザードのロイ・ウッドやエルトン・ジョン、ポール・マッカートニーなんかがね。そして彼らは『あの曲は素晴らしい。ビューティフルだ。自分が創りたかったよ』と言うんだ。それで自分が偉大な曲を作ったことが分かったんだ」

『アイム・ノット・イン・ラブ/10cc』より引用

この曲について知りたいりたいことや感じることは、曲を愛する人の数と同じくらいあるはずだ。だからこの原稿を通じて自分の解釈を押し付けようなんていう気持ちは一切ない。そしてこれから先も、歌詞の行間を埋めるものを探し続けていくだけだ。

(文:宇佐和通)

アイム・ノット・イン・ラブ/10cc

著者:BS-TBS
出版社:ブックビヨンド
イギリス・マンチェスター出身のバンド10ccの1975年の大ヒット曲。マンチェスターは60年~70年代にポップス、ロックなど様々なジャンルのミュージシャンやバンドを輩出した街。「アイム・ノット・イン・ラヴ」は、3rdアルバム『オリジナル・サウンドトラック』からのシングル・カット曲で、全英1位、全米2位を記録、現在でもバンドの代表曲として知られている。番組では、この曲を作ったメンバー、エリック・スチュアートとグレアム・グールドマンが出演。曲のアイデアがエリックと妻との会話から生まれたというエピソードを披露してくれた。また、この曲の特徴である幻想的なコーラスをどのように生み出したのか、バック・トラックのレコーディング時のエピソードをメンバー自らが語る。

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