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のびたパスタから食中毒まで……遠征中のサッカー日本代表選手を支える料理人の敵とは?

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サッカーの国際試合では、ホームかアウェーかで、試合の有利不利が決まってくる。まず想像に易いのは、会場の雰囲気。そして、不慣れなピッチコンディションや気候、宿泊環境。しかし、最たる敵はやはり「食事」なのである。

選手が次々と腹痛に襲われる事態

限られたメンバーで臨む日本代表、選手自身がもっとも避けなければならないのはケガだが、スタッフがもっとも気にするのが、食中毒。万が一、チーム全体で食中毒が起きれば致命傷になる。2004年のW杯ドイツ大会予選から、W杯ドイツ大会、W杯南アフリカ大会と続けて、シェフとしてサッカー日本代表に帯同した西芳照は、著書『サムライブルーの料理人』の中で、サッカー協会からとにかく衛生面に注意してほしいと重ね重ね頼まれたことを明かす。同時期にアブダビで開かれていたU23日本代表チームのオリンピック予選の際、選手が次々と腹痛に襲われる事態が発生していたのだ。

水切りした野菜でも、ミネラルウォーターで洗う

その国を代表するような高級ホテルであろうとも、衛生面の基準(=衛生管理の国際的な管理手法HACCP)をクリアしていないホテルもある。さすがに生水をそのまま出すことはないにしても、肉を切った包丁でサラダ用の生野菜を切られてしまっては元も子もない。ただでさえ緊張状態にある選手が、唯一緊張から解放される食事の場で更なるストレスを与えてしまっては、それこそアウェー感をいたずらに高めてしまう。西は、しっかりと水切りした野菜であっても、それを更にミネラルウォーターで洗うなどして、衛生状態を高めた。

温かいゆでうどんに代表メンバーの列ができる

「バランスの良い食事」は基本。でも、それだけでは選手は食事を楽しんでくれない。栄養と同時にこころがけたのが「食欲増進」。醤油、みりんを持っていき、和食を作れるようにした。温かいものを温かく、冷たいものを冷たく、という程度であればどこのホテルでも対応してくれるのだが、たとえ適切な温度であろうとも、選手達は加熱し直したのびたパスタやぱさついた肉に手を出そうとはしない。そこで、西は食事会場での「ライブクッキング」を提案する。試合前の軽食として温かいゆでうどんをその場で作って出すと、選手達の列ができたという。消防法の関係で、食事をする場所で煙が出る調理をすることが難しいケースも多いが、西はできる限り、ライブクッキングを出来るように要請し、代表側もその意向に協力していく。

「『きゅうりのキューちゃん』があれば、俺、メシがどんぶりで食えます」

遠征先で負けが続いてしまったときには、メディアに「選手がばてていた」と書かれ、自分の出す料理が選手にスタミナをつけさせる料理ではなかったのではないかと頭を抱える。選手同士の大切なコミュニケーションの場である食事の場も静まりかえり、選手は食べ終えるとすぐに部屋に戻ってしまう。ある新聞に「窓がなくて薄暗く狭い食事会場だったので、選手がリラックスできなかった」と書かれて気が滅入る西。「アウェーの洗礼」とは、食事の場にこそあるのかもしれない。

西は柔軟に選手からの要望に応えていく。選手から「『きゅうりのキューちゃん』があれば、俺、メシがどんぶりで食えます」「俺は桃屋ののりの佃煮、『ごはんですよ』が一番好き」と聞けば、次の遠征にはそういった嗜好品を持っていく。バランスばかり考えると選手たちの楽しみが減ってしまう。普段の食生活に限りなく近づける方法を模索した。当時の岡田武史監督も「栄養学にかなっているものを食べれば最高のパフォーマンスが発揮できるわけではない。チームの雰囲気など全体を見ながら、選手のメンタルを上げ、食欲が増すような料理をいかに出せるか」「西さんは真のプロフェッショナル」と絶賛する。

「たらこ5kg」「梅干30箱」「納豆100パック」

W杯南アフリカ大会、日本からの持参食材のリストに圧倒される。
「たらこ5kg」「梅干30箱」「納豆100パック」「にんにく醤油漬け40本」「ホッケ4.8kg」「食べるラー油2種類30本」「日本米27 kg」……
選手の要望にそれぞれ応えようと奮進した結果、膨大な量の品目を持ち込むことになった。日本代表が決勝トーナメント進出を決めた試合、ピッチから引き上げていく通路で選手を出迎えた西は、選手から次々と「西さん、やったよ!」と声をかけられ、抱き合う。喜びもひとしお、西はすぐに、疲れている選手の為に、疲労回復の速効性が見込める、野菜が沢山入ったカレーを作る。選手に「アウェー」を感じさせない最たる功労者が、この料理人なのだ。

(文:武田砂鉄)

サムライブルーの料理人 サッカー日本代表専属シェフの戦い

著者:西芳照
出版社:白水社
ジーコ、オシム、岡田、ザッケローニ監督のもと、世界で戦う選手たちを「食」で支えてきた専属シェフが初めて語る、W杯の秘策と感動の舞台裏。W杯の勝利のメニューとレシピ掲載!

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