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正しい努力とは何か? 初期仏教から学ぶ「4つの正精進」

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頑張る(がんばる)という言葉を、どのような意味で使っていますか?
「努力する」「成果を上げる」「あきらめない」など、意味はさまざまです。

わたしたちは、何を頑張ればいいのでしょうか?
どれくらい頑張れば、努力が報われるのでしょうか?

仏教における「精進(しょうじん)」という考え方は、「何を頑張ればいいのか?」についてシンプルな答えを用意しています。

正しい精進とは?

「精進」は仏教用語です。
まさに「努力」や「頑張る」ことを意味します。

仏教の開祖である「釈迦(しゃか)」は、何を頑張ればいいのかを「正精進(しょうしょうじん)」として定めました。

初期仏教の解説書である『これでもう苦しまない』(アルボムッレ・スマナサーラ・著/学研プラス・刊)のなかで、「正精進」を4つの項目に分けて、わかりやすく説明しています。

正精進(1) 悪いことをしない

いまだ犯していない悪は、これからも犯さないように努力する

(『これでもう苦しまない』から引用)

「悪」とひとくちに言っても、さまざまです。
当コラムでは、とりあえず「悪=違法行為」と定義したうえで説明します。

犯罪歴の有無にかかわらず、わたしたちは「まだ犯していない悪がたくさんある」という状態なのです。
いままで前科が無い人であっても、「盗んだことがないだけ」「殴ったことがないだけ」にすぎません。「そういう気持ちになったことが無いだけ」あるいは「犯行を思いとどまることができただけ」なのです。

さらに言えば、「悪」というのは犯罪行為だけに限りません。
他人の心を傷つけてしまったり、信頼を裏切ったりするなど、生きているかぎり「悪」は身近にあります。

正精進とは、そのような状況に陥らないように感情を制御しつづける「努力」のことなのです。

正精進(2) 悪いことをやめる

いま犯している悪は、これから完全に止めると努力する

(『これでもう苦しまない』から引用)

悪いことをしている自覚があるならば、悪いことをやめる努力ができるはずです。
つまり、悪人にも「正精進」の機会が与えられているのです。人生はやり直せます。

正精進の考えかたによれば、「悪を犯すのは、精神的に弱いから」です。
精神的に弱いということは、感情に流されやすいということです。そういう人間は、悪いことを繰り返します。自分で決めたことを守らない──自分で自分の信頼を裏切ることも「悪いこと」です。いつか他人に迷惑をかけます。

「悪いことをしない」ためには、生活費を稼いだり、心身の調子を整えたりする必要があります。それらを実行することも含めて「正精進」というわけです。

正精進(3) 善いことを始める

いまだ行ったことのない善行為を、これから行ってみようと努力する

(『これでもう苦しまない』から引用)

妊婦や高齢者や障がいのある人に、席を譲ったことがありますか?
落ちていた財布を、交番や警察署に届け出たことがありますか?
1万円以上の寄付をおこなったことがありますか?

これらは「ありふれた善行」ですが、その機会に恵まれたのに、結局は実行しなかったという人は多いはずです。

席を譲ることができたのに、財布を拾って届けることができたのに、1万円くらいなら寄付する気持ちがあったのに──それをしなかったのは「心がさまざまな煩悩で汚れている」からです。

煩悩にとらわれず、あらゆる善がおこなえるように「正精進」することも大切です。

正精進(4) 善いことを続ける

いま行っている善行為を、完成させようと努力する

(『これでもう苦しまない』から引用)

悪が無数にあるように、善も無数にあります。
たったひとつの善行為を完成させるだけでも、多くの手間と時間を要します。

ところで、「寄付」を善行為とするならば、何をもって「完成した」「やり遂げた」と判断できるのでしょうか。100万円? 1000万円? それとも1億円?

釈迦の教えによる「正精進」は、心の汚れを無くすためにおこないます。そのために「善行為を完成させる」ことを目指すわけです。

寄付をたとえに出したのは、財産への執着という「心の汚れ」をなくすためにできる善行為だからです。
多額の寄付やお布施を続けることだけが善行為であるとは限りません。自分ができることを考えてみてください。

やってみよう、正精進!

父母などの家族から言われる「ガンバレ!」は、釈迦が説いた「正精進」に近いように思います。
「他人に迷惑をかけることなく、健やかに生きるために努力する」というニュアンスです。

正精進の考えかたである「新たに悪いことをせず、現在おこなっている悪事をやめて、新たに善いことをして、現在おこなっている善行をできるかぎり続ける」ことは、優先順位としても解釈できます。
なによりも、まずは悪いことをやめる。そして、気持ちに余裕ができたら善いことをしてみる。

正精進は仏教に由来するものですが、教義や経文を覚える必要がなく、心がけ次第で、すぐに始められます。

(文:忌川タツヤ)

これでもう苦しまない

著者:アルボムッレ・スマナサーラ
出版社:学研プラス
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