ハウツーが満載のコラム
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愛しているからこそ、うらめしい

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数年前のある朝、突如、ウエストのところに、感じたことがないようなヒリヒリ感を覚え、飛び起きました。
まずしたのは、殺虫剤を探すことでした。
ムカデに刺されたと思ったのです。
私が住んでいるマンションは、山の中腹にあるためか、しょっちゅうムカデが家に入りこんでしまうのです。
常備している虫刺されの軟膏を塗ったものの、痛みは増すばかり・・・。
しばらくすると、電極が差し込まれたようにチリチリして、耐えられないほどになりました。

お岩さんは帯状疱疹だった?

服が触れると悶絶しそうに痛むので、キャミソールを着て、近所の皮膚科に駆け込み、「先生、ムカデにやられました!」と、訴えると、ベテラン皮膚科医は、一目見るなり、「ムカデじゃないよ。帯状疱疹だな。薬出しますから、ちゃんと飲んでね。こじらせると神経痛が残るよ」と、言います。

タイジョウホウシン?
何なの、それ?

無知な私に、先生は詳しく説明してくれました。
「子供の頃、水疱瘡にかかったでしょう? そのときの水痘ウィルスが体の中に残っていて、疲れたりして免疫力が下がると、暴れ出すんだよ。安静にしてのんびりしていなさい。最近、夜更かししたり、ストレスがかかるようなことなかった?」。

「実は、毎日、夜中にテレビドラマ『セックス・アンド・ザ・シティ』を録画して夢中で見てました」とも言えず、「はあ、まあ、しかし、何もこんなところに」と、うらめしそうな声で答えると、先生は「顔や目にできる人もいるんだよ。それはそれは痛いし、外見だって、お岩さんみたいになっちゃうときもある。三浦さんはウエストでよかったよ」と、励ましてくれました。
先生は『四谷怪談』で有名なお岩さんは、おそらくは帯状疱疹にかかった女性をモデルにして作られたお話だと考えているのだそうです。

四谷怪談に震えた日々

四谷怪談といえば、夏のキャンプなどで、顔の下に懐中電灯を当てながら先輩が語ってくれた怖い話ではありませんか。
子供の頃、私は怪談話が怖くてたまらず、途中から耳をふさいだりしていたので、話の全貌を知らないでいました。
ストーリーをちゃんと理解したのは、大人になって、歌舞伎や映画で観るようになってからです。
まんがで読む 四谷怪談・雨月物語』(学研教育出版・編/学研プラス・刊)には、 様々な視点から考察するコラムもあるので、新鮮な気持ちで理解することができます。

物語のあらましは以下のようなものです。

四谷左門の娘お岩は、父の考えで実家に連れ戻されます。
夫の伊右衛門はお岩との復縁を望んでいたのですが、左門は伊右衛門が公金を横領したことを知っており、岩にふさわしい男とは思えなかったのです。
秘密を知られて激怒した伊右衛門は、辻斬りの仕業に見せかけて左門を殺害してしまいます。
一方で、岩には父の仇を取ってやると言い含め、望み通り復縁を果たします。
こうして伊右衛門との暮らしを再開した岩は、赤ん坊を産んだのですが、産後の肥立ちが悪く、病がちになり、ほとんど寝たきりになります。
すると、伊右衛門は手のひらを返したように冷たくなります。
自分勝手な男なのです。
折りもおり、伊藤喜兵衛の孫の梅が伊右衛門に恋をします。梅と結婚すれば、仕官させてくれるというのです。
何も知らない岩は、丈夫な体になりたいと喜兵衛から贈られた薬を服用しますが、それは実は毒薬で、顔の半分が崩れてしまうのでした。
岩は悶え苦しんだ末、亡くなり、伊右衛門は晴れて伊藤家の婿に入ることにします。
けれども、梅との婚礼の晩、顔の崩れた幽霊が出て、錯乱した伊右衛門は梅と喜兵衛を殺害してしまうのでした。

亡霊になりたかったわけではないお岩さん

今までひたすら怖かったお岩さん。
聞きたくはあるけれど、聞くのが怖い『四谷怪談』。
とりわけ、「うらめしや~~。伊右衛門殿」の台詞とともに、ボサボサの髪を振り乱し、両手を前に掲げた「お岩さんポーズ」で岩が登場シーンは、「きゃ~~、やめて~~」と、なります。
けれども、もし、本当に、お岩さんが帯状疱疹によって顔が崩れてしまったのだとしたら、お岩さんは気の毒な病人であって、亡霊ではない。お岩さんには何の罪もないのです。
そもそも、夫の伊右衛門が岩の父を殺し、梅との結婚を決めたことが、悲劇の発端です。
あくまでも、お岩さんは被害者です。
被害者はもう一人います。
何も知らずに伊右衛門に嫁いだ梅です。
祝言の席で、錯乱した伊右衛門に岩の亡霊と間違えられて切り殺されてしまったなんて。
お岩さんよりかわいそうではありませんか。
お岩もお梅も、愛に生き、愛ゆえに死んでいった人だと、私は思います。

作者・鶴屋南北についての面白話

『東海道四谷怪談』は四代目鶴屋南北の作品です。
江戸時代後期の人で、数々のヒットを飛ばした有名な戯作者でした。
彼についての面白い話があります。

南北の作品として最も有名な『東海道四谷怪談』は、数え年七十一歳のときに初めて上演され、あまりの人気に、上演期間が延長されるほどでした。南北はその四年後の文政十二(一八二九)年、七十五歳で亡くなります。葬儀の場での配り本まで自分で作り、観客を楽しませることに徹した狂言作者として、生涯を送りました。

(『まんがで読む 四谷怪談・雨月物語』より抜粋)

自分の死さえエンターテイメントに変えた鶴屋南北。
その秀でた才能を思うとき、「お岩さんは帯状疱疹に苦しんだんだよ」という皮膚科医の言葉がよみがえります。
もしかしたら、鶴屋南北は、帯状疱疹という病気を愛に満ちた怪談として、江戸の人々に提供してみせたのかもしれません。
暑い夏、改めて『東海道四谷怪談』を読み直してみてはいかがでしょう。

(文・三浦暁子)

『まんがで読む 四谷怪談・雨月物語』

著者:学研教育出版(編)、板坂則子(監修)
出版社:学研プラス
江戸時代後期に書かれた鶴屋南北の歌舞伎脚本「四谷怪談」と、上田秋成の怪異小説「雨月物語」(「菊花の約」「鯉応の夢魚」「蛇性の淫」の3話)をまんが化。コラムも充実しており、楽しく読んで内容を理解できる。古典入門に最適。

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