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良い女になるために、銘仙を身にまとってはいかがでしょう~

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大正から昭和にかけて、大流行した着物があります。
「銘仙」と呼ばれる平織りの絹織物です。
「銘仙? 何、それ? なんのことだかわかんない」と、思われる方も多いかもしれません。
けれども、朝の連続テレビドラマ小説『花子とアン』や『ごちそうさん』などで、ヒロインたちが身にまとった個性的な柄の着物といえば、「ああ、あれね」と、合点がいくのではないでしょうか?

銘仙はみんなの着物

銘仙は簡単に言うなら、絹糸を用いた平織のことです。
かつては、埼玉県の秩父や群馬県の伊勢崎で盛んにつくられていました。
とくに伊勢崎では「併用絣(へいようがすり)と呼ばれる技法が有名でした。
型紙で柄のデザインを決め、縦糸と横糸の両方をまずは先染めしてから、手織りするという方法を用います。型紙を使うため、絵画のような模様を表現できるのが特徴的で人気のある製品でした。

素材は絹ですし、高度な技術も必要とされますが、目の玉が飛び出るほど高価というわけではありません。
だからこそ、普段着としておしゃれな女性たちが日常生活の中で身にまとうことができたのです。
人気を誇った伊勢崎銘仙ですが、洋装化の波には勝てませんでした。
女性たちが洋服を好むようになると、市場から姿を消していきました。
需要がなければ、商品としての着物は生産されなくなり、熟練の技を誇っていた職人たちも廃業に追い込まれていくのが、世の常というものでしょう。
そして、気が付くと、半世紀以上の歳月が流れ、「みんなが大好きだった銘仙」は、テレビドラマの中で出会う「モダンでレトロな着物」になってしまっていたのです。

かけがえのない技術を取り戻そう

銘仙の魅力を忘れられず、熱い視線を注いできた人がいました。
伊勢崎が誇る「銘仙」の技術を時間の流れにまかせて、失ってはならないと奮いたったのです。
ここに、「21世紀銘仙プロジェクト」が動き出しました。
21世紀銘仙誕生』(上毛新聞社・著/ブックビヨンド・刊)には、夢を形にしようとする人々の物語が記されています。
消えたかのように見えた火でしたが、実は「熾火むらし」のように、静かに、しかし、着実に燃え続けていたのです。

プロジェクトの発起人は杉原みち子さんと金井珠代さん。
二人は光が当たらないまま市井に埋没していた職人たちを発掘し、伊勢崎銘仙を復活させようと必死の努力を続けます。
それは簡単なことではありませんでした。
最初は「絶対にできない」と、言われながらも、二人はあきらめませんでした。
「素人には無理だ」という視線にも負けませんでした。
素人ながら、いえ、素人だからこそ、がむしゃらに、立ちふさがるトラブルをひとつひとつ乗り越えていくことができたのかもしれません。

復活までの道のり

まず必要なのは、14もの工程をそれぞれ行うことができる熟練した職人を集めることでした。
作られなくなって長い年月を経たため、職人がどこでどのように暮らしているのかさえわからなくなっていたのです。
もちろん、資金面での問題も大きく、縦糸を巻く機械のトラブルも発生、ようやく修理のめどがたったかと思うと、型紙の状態が悪い、などなど・・・。
これでもか、これでもかと、困難がふりかかります。

けれども、伊勢崎の女性は忍耐強いのでしょう。へこたれませんでした。
彼女たちを助けてくれる存在も次々とあらわれます。地元の力が結集されていくのです。
皆、伊勢崎の併用絣を用いて仕立てられた着物を見たかったのでしょう。
そして、とうとう、努力が報われる日がやって来ました。
50年もの間、歴史に埋もれたままになっていた併用絣が復活を遂げ、2016年12月5日、お披露目イベントの日を迎えたました。
3種類の反物に加え、カクテルドレスやイブニングドレス、ツツジの柄も美しい振袖も披露され、会場は喜びと驚きでいっぱいになったといいます。

それだけではありません。
イギリスのビクトリア・アンド・アルバート博物館が、伊勢崎銘仙の価値を認め、永久保管する方向で調整が進んでいるというではありませんか!
消えかけていた伊勢崎銘仙の技法が、世界に認められたと言っていいでしょう。

まるでポップ・アートだ

できることなら、群馬県に出向いて、伊勢崎銘仙の「併用絣」をこの目で見て、この手で触れてみたいと思います。
たとえ今はそれが無理でも、巻末に図録がついているので、これまで作られ、受け継がれてきた名品の数々を眺めながら、出会いの日を楽しみに待ちたいと思います。
図録だけでも、十分に迫力を感じることができます。
「本当に50年も前に作られたものなの?」と、画面に向かって尋ねてしまったほど、現代的な柄で作られた着物が満載です。
昭和30年から35年に作られた着物だと説明されていますが、現代のポップ・アートのような出来栄えなのです。
今すぐに袖を通してみたくなるほどの見事さです。
とりわけ、昭和10年ごろに作られた「芭蕉に赤蜻蛉模様 併用絣 セーミ加工 召飯銘仙 単衣長着」の美しさといったら。
それはもううっとりさせられます。
何としてもこの技法を復活させてみせるぞと思うのも無理はありません。
日本の底力を見たようで、興奮している私です。
久しぶりに着物を着てお出かけしたくなりました。

(文・三浦暁子)

「21世紀銘仙」誕生

著者:上毛新聞社
出版社:ブックビヨンド
"大正から昭和に女性の間で大流行した伊勢崎銘仙は、世界の名だたる美術館が収蔵するモダン着物の華。〈絹の国〉群馬県で育まれた伝統の「併用絣」が「21世紀銘仙」として半世紀ぶりによみがえった。職人たちと連携してプロジェクトを立ち上げ、途絶えていた技術を復活させた市民の取り組みは、織物の世界に新たな地平をひらく。地域の自然や風景が織り込まれた、現代感覚あふれるデザイン。「21世紀銘仙」は、海外からも高い評価を受けている。ボランティアで携わったテキスタイルデザイナー・須藤玲子さんやプロジェクト発起人へのインタビューなどから見えてくる―〈KIMONOの未来〉。

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