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同時通訳者が語るコミュニケーション能力を高める方法

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2017年6月4日の『情熱大陸』。この回の主人公は同時通訳者の橋本美穂さん。超売れっ子の女性通訳者だ。何十億という金額がからむ投資交渉から、ピコ太郎さんの武道館ワンマンライブまでこなしてしまう人物である。

ダジャレもその場で訳す瞬発力

英語に関するスキルの中でも、同時通訳はかなり特殊だと思う。
ビジネスの場であれパフォーマンスであれ、その場の空気から生まれるアドリブみたいなやりとりも瞬時に訳しきって伝えなければならない。訳すテンポが悪いと、会話のリズムも乱れてしまうだろう。だから、機転とか遊び心みたいなものも要求される。番組で、こんなくだりがあった。

ピコ太郎さん:「ビタミンC的に言うと、くやCです」
橋本さん:「So bitter it’s like vitamin C」

くやしいの“しい”の部分をビタミンCの“C”にかけたんだから、意味的に違うだろうと言う人がいるかもしれない。でも、bitterという単語には「憤慨している」という意味もあるので、それほど違和感はないと思う。

“返し”の力はどうやって身に付けるか

ピコ太郎さんのダジャレは、いかなる年齢層の人であっても笑いどころは理解できるはずだ。その“返し”として橋本さんが発した言葉の含意も、英語を母国語とするいかなる年齢層の人が聞いても理解できるだろう。意味の汎用性を考え、瞬時にバランスの取れた訳を繰り出す感覚はすごい。

こういう感覚は、どうやったら養うことができるんだろうか。そしてそもそも、養うことは可能なんだろうか。

筆者の疑問に答えてくれたのが、『情熱とノイズが人を動かす』(長井鞠子・著/朝日新聞出版・刊)という本だ。
著者の長井鞠子さんは会議通訳者。
通訳デビューは大学2年生の時に開催された1964年の東京オリンピックだったというから、業界歴は50年を超えている。

同時通訳という格闘技

長井さんは、『プロフェッショナル 仕事の流儀』(NHK 2014年3月3日放送)という番組で仕事について次のように語っている。

「そのときその場で発言されたものに瞬間的にスパッと答えるという意味で“格闘技”、真剣勝負です。あなたが言ったことはちゃんと受け止めて、相手に渡してみせるから、どんどんいらっしゃいと思っている」

同時通訳が格闘技なら、長井さんは常にふたり以上を相手にしながらパンチやキックのように言葉を繰り出していることになる。試合の流れを読み、的確に有効打を繰り出していくためには、“それなり”なんていうなまぬるい表現以上の準備が必要だ。

長井さんが一番大切にしているのは、下準備だ。現場に持っていく手書きの単語帳は前の夜遅くまでかかって完成させる。高校生レベルの単語まで書き込むという。

第三の空間

まえがきで、長井さんはホミ・K・バーバという英米文学・言語学研究者の次のような言葉を紹介している。

解釈の合意が言表の中で名指されている「私」と「あなた」との間のコミュニケーション行為に過ぎないということは決してあり得ない。意味が産出されるためには、この二つの立場がある<第三の空間>を通過することで、流動化される必要があるからだ。

『情熱とノイズが人を動かす』より引用

長井さんは言う。

通訳者の存在は、異言語間のコミュニケーションにおいてはまさに、「第三の空間」といえるものですが、たとえ同じ言語を話す人たちの接触であっても「第三の空間」がなければコミュニケーションは成立しないと思います。

『情熱とノイズが人を動かす』より引用

同じ言語を話す人間同士であっても必要な「第三の空間」とは何か。長井さんの言葉によれば、それは自分の主張を理解させるための場所である。相手にとっても同じことが言える。長井さんは、その場所を“持論を離れたニュートラルな視点”とも表現している。

実態を知ってスキルを身に付ける

「同じ言語を話す人間同士であっても」という言葉遣いには、おそらく、長井さんの次のような思いが込められていると思う。

わたしに対して「英語のプロフェッショナル」といういい方をしてくださる方もいますが、この言葉はわたしの仕事の内容を十分には表していません。同じ評価をわたしの日本語にも向けてくれて、はじめて通訳者の仕事を理解してもらえたと感じます。

『情熱とノイズが人を動かす』より引用

日本語にしても英語にしても、表現力を極限まで磨き、手書きの単語帳を作って、同時通訳という格闘技で戦うためのスタミナを養う。その先に見えているものは何か。それは「コミュニケーションの実態」である、と長井さんは語る。実態を知らなければそれに対するスキルを伸ばすことはできないし、意思疎通の過程で欠かすことができない第三の空間の活かし方を身に付けることも叶わない。

少なからず英語に関わる仕事をしている筆者にとって、この本は言葉に関する概論としても技術論としても、さらに言えば精神論としても興味深く読むことができた。

通訳者・翻訳者を目指す人はもちろん、英語は大嫌いだという人たちにもぜひ読んでいただきたい。いや、本当に読んでほしいのは、コミュニケーションが大の苦手という人たちだ。

(文:宇佐和通)

情熱とノイズが人を動かす

著者長井鞠子
出版社:朝日新聞出版
日本人が世界で通用するために磨くべきコミュニケーションスキルとは何か。異文化の現場で生かすべき日本人の良さとは何か。40年以上にわたり世界の最前線の交渉現場で活躍し、国内外の要人に信頼される通訳の第一人者がすべてを明かす!

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