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桃太郎に猿やキジがいるように、戦国武将にも家来が必要なのだ

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桃太郎は腰につけたきび団子と引き換えに、鬼の征伐についていく家来をゲットした。
猿やキジがキビ団子を好物としているかどうかは知らないが、誰かを家来とするには、まずは食い扶持を与え、その人生に責任を持たねばならないものだろう。
現実の人間世界にも同じことが言える。
人の上に立つ人は、部下を持ち、彼らをうまく使うことによって、仕事を成し遂げていく。
完全な一匹オオカミもいることはいるが、やはりそれは特殊な存在だ。

戦国武将の家来たち

鬼退治をするために、桃太郎が家来を雇ったように、古来より、人は部下の存在を必要としてきた。
とりわけ、天下を取るために命がけで戦った戦国の武将にとって、自らの家族以上に、自分に従う家臣たちに熱い思いを注いできた。
信長・秀吉と家臣たち』(谷口克広・著/学研プラス・刊)は、安土桃山時代に焦点を当て、主役である織田信長と豊臣秀吉、そして彼らのために働いた家来について、生き生きと活写する。
戦国時代が終結し、新しい次の時代へと生まれ変わることができたのは、織田信長のたぐいまれなる行動力と、家臣となって身を捧げ、結果的には、天下をわがものにしてしまった豊臣秀吉のおかげだろう。
ただし、この二人だけがスターというわけではない。
二人の周囲には、主君をしのぐ脇役が揃っていたからだ。

気遣いの人、織田信長

歴史の勉強が嫌いな学生も、織田信長のことは知りたいと思うのではないだろうか。
テレビや映画で、華やかに取り上げられ、俳優たちはこぞって「信長を演じたい」と、願う。
では、信長はどんな男か?考えてみよう。
天才的なひらめきを持ち、行動力にあふれた人物だ。
苛烈な性格ゆえ周囲とはもめ続け、気まぐれで、家族をも殺害する残忍さも持っている。
『信長・秀吉と家臣たち』には、一方で、大変、優しい気遣いの人でもあったことを教えてくれる。
たとえば、秀吉の妻ねねに対して、「やきもちなど妬いてはいけないよ」と細やかな心遣いを示し、秀吉の操縦法を教えたり、体の不自由な人や老人たちに、権力者とは思えないいたわりを向けていたというのである。
信長はおそらく大変に複雑な性格であったのだろう。

信長の家臣たちは怪物揃い

それにしても、個性的な人物には、これまた個性的な家臣が仕えている。
信長の家臣たちは、主君に負けない怪人ぞろいだ。
たとえば、朝廷・幕府・信長という3つの権力の間で奔走した日乗上人・・・と、言っても、彼を知っている人はほとんどいないだろう。
けれども、彼の存在は信長にとって不可欠であった。
時は戦国時代末期。周囲との交渉なしに生きて行けるはずがない。
信長は戦術や治世には天才的な才能を示していたかもしれないが、こと周囲との交渉となると、ぶつかることも多かった。
そんな彼を助けたのが日乗上人だ。信長にかわって、縦横無尽に動き回り、ある時は宮中と、またある時は、毛利氏への使いの役をこなした。
その弁舌は古代ギリシャの雄弁家・デモステネスと比較されるほどだったという。
どんな生まれかはっきりしないというのに、天皇の信任を受けて皇居に出入りし、天皇より直々に上人の位を授かったというのだから、すごい。
すごいことはすごいが、ある意味、怪しいことこのうえない。
さらに、竹中半兵衛の存在も特異である。
半兵衛は信長に仕えた美濃の国衆にすぎないというが、20歳そこそこで、多くの手柄を挙げており、天才的な軍略家であったことは間違いがない。
信長は身分に関係なく、有能な人物を積極的に使ったのだろう。
そして、結局、秀吉の軍師となる。

信長の家臣から天下人になった秀吉

信長の家臣として一番の有名人は秀吉だろう。
つい最近、秀吉が淀殿へ宛てた手紙が新たに発見され、話題になっている。
よく知られているように、秀吉は、元々は、信長の家臣だった。
それも、最初はお目通りさえかなわぬ身分だった。しかし、なんとか目に止めてもらおうと必死の努力をする。
信長の出向くところには、前もってかけつけて、馬を慣らしたり、出発の準備をしておく。
信長の「お前は誰じゃ」の問いにはすかさず「木下藤吉郎」と答えて自分の存在をアピール。
まったくもって自分で自分のプレゼンテーションを毎日行っていたようなものだ。
努力の甲斐あって、ついに信長の信頼をかち得、信長が本能寺の変で亡くなった後は、天下人にまで上りつめるのだから、その生き方に学ぶところは大きい。

秀吉の部下たち

人たらしの名人として知られる秀吉だが、一人で天下を取ることはできない。
当然、自分に協力する部下を大切にした。
一番のキーマンと言われるのが、堀秀政という人物だ。知っている人は少ないだろう。
秀政は信長よりも16歳も年下でありながら、信長のトップクラスの側近であり、影響力ははかりしれないものがあった。
晩年には信長の側近として奉行の役目もこなした。
秀政は本能寺の変により主君・信長を亡くしたが、優れた指揮能力を今度は秀吉のために発揮し始める。
小牧の戦い、雑賀攻め、四国攻めと、秀吉の天下統一への戦いで、重要な役割を果たし、大名に出世していく。
さらに小田原城攻めに参加しながら、結局、38歳の若さで戦のさなかに病没したという。
もし、長生きをしたら、秀吉の天下統一が果たされたあと、重用されたに違いないのだが、惜しまれる存在だ。
この時代、長生きをすることも、出世につながるのかもしれない。
他にも、綺羅星のごとく、秀吉を支え、天下人に押し上げた部下たちがいる。
それもこれも、秀吉の人心掌握術のたまものだろう。

魅力ある人物の周囲には魅力のある人間が集まる

信長も秀吉も、天下人を目指す過程では、周囲に残虐なことも行った。
二人とも、欠点もあったし、激しい性格が強調されてもいる。。
けれども、大仕事を成し遂げた人物には、それだけの器量が備わっていることを忘れてはならない。
そして、その周辺にはやはり魅力ある人々が集まっていた。
今の世でいえば、ワンマン社長を中心に、賢い部下が実務を担当し、皆で一丸となって伸びていく会社のようでもある。
桃太郎もサルやキジがいなければ、鬼退治に向かうことはできなかったように、 何かことをなすとき、そこにはやはり人の力がどうしても必要であることを『信長・秀吉と家臣たち』は教えてくれる。
この平成の世にも十分に通じる「成功の秘訣」がここに隠されているような気がしてならない。

(文・三浦暁子)

信長と秀吉と家臣たち

著者:谷口克広
出版社:学研プラス
信長・秀吉を中心とする安土桃山は画期的な時代だった。戦国を終わらせ江戸へと橋渡しするこの時代は、主役の二人の個性がきわだっているが、脇役たちにも魅力あふれる人物が揃っている。面白い人物たちを通して安土桃山時代の真の姿を知ることができる一冊

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