ハウツーが満載のコラム
文字サイズを変更する

熊本へ、夏目漱石の面影を訪ねる旅のススメ

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

パリの友人から一冊の本が送られてきた。
Oreiller d'herbes』、明治の文豪、夏目漱石の『草枕』の仏訳本だ。手紙が添えられていて「付箋を貼ったページを読んでみてほしい。カメリア(椿)の花をここまで、見事に描写した作家は世界中探しても彼以外にはいないだろう。SOSEKIはすばらしい! とても感動した」とあった。

私はいつも日本の誇るべき文化をフランス人たちから教えられてばかりだ。辞書を引きながら仏訳文を読み、そして、オリジナルの『草枕』もあらためて読んでみた。

妖艶な椿に魅せられて

『草枕』は熊本県玉名市小天温泉を舞台にし、“非人情”の世界を描いた小説。主人公の画家が俗世から離れようと旅をし、山の中の温泉で妖艶な女性に出会う物語。その中ほどに椿が登場し、その描写は2ページ以上に渡っている。ちょっと抜粋すると、

 ――余は深山椿を見るたびにいつでも妖女の姿を連想する。(中略)ぱっと咲き、ぽたりと落ち、ぽたりと落ち、ぱっと咲いて、幾百年の星霜を、人目にかからぬ山陰に落ちつき払って暮らしている。ただ一目見たが最後! 見た人は彼女の魔力から金輪際、免るる事は出来ない。

そういう感じで、椿の描写が延々と続くのだ。

カメリア(椿)が好きなフランス人はとても多い。あのココ・シャネルがカメリアの花をこよなく愛したのも有名だ。

本を送ってくれた友人の父親は、すでに他界しているがフランスの植物学者だった。世界各地を旅して植物を収集し、研究していたそうだ。中でも60年代に日本から持ち帰った椿は大切に育てられた。今も、父親が遺した椿を決して枯らしてはならぬと家族が丹念に手入れを続けているおかげで、毎年見事な花を咲かせているという。

『草枕』は能そのもの

2017年は夏目漱石の生誕150年。この記念年に盛り上がっているのが熊本県だ。
小説はもちろんのこと、俳句や漱石ファッションまで、明治の文豪の多彩な魅力を内外に発信する熊本の人々を紹介し、まとめたのが『熊本の漱石』(池田亮・著
読売新聞社・刊)だ。

夏目漱石は1896年に旧制第五高等学校(現・熊本大)の英語科教授として赴任し、その後4年3ヶ月を熊本で暮らした。その間に訪れた古天温泉をモデルに、1906年に発表されたのが『草枕』だ。

『草枕』は作品が能そのものだと直感したというのが、能楽金春流の肥後中村家13代の中村勝さん。群読能劇「草枕讃歌」を創作し、初公演以来、観客からは、漱石の新たな一面を垣間見ることができた、と好評を博しているそうだ。

能や謡曲にも造詣が深かった漱石らしく、第1章には、「しばらくこの旅中に起こる出来事と、旅中に出逢う人間を能の仕組と能役者の所作に見立てたらどうだろう」との一節がある。(中略)漱石が謡を習い始めたのは旧制五高時代。同僚の教授たちの影響を受けてのことだったという。「『熊本の漱石』を語るうえで、能楽は欠かせない。なのに1世紀の間、見過ごされてきた。記念年に向けて新たな魅力を追求したい。

(『熊本の漱石』から引用)

新しい能劇を熊本から全国へ、と中村さんは意気込んでいるそうだ。

オーダースーツを着ている漱石像

JR熊本駅前の通称“わが輩通り”に立つ、夏目漱石の銅像にはオーダースーツが着せられているという。来県100年後に建立された銅像はもともとスーツ姿だが、ある日、マフラーが巻かれているのを上熊本商栄会の青年部メンバーが見つけ、本物のスーツを着せる企画が持ち上がった。

依頼を受けたのは地元百貨店の紳士服オーダーメイド担当の野上敏弥さん。

銅像のスーツを仕立てた経験なんてもちろんない。しかし、「戦後日本の復興に尽力した白洲(白洲次郎)と並ぶ紳士。縫製に携わる者として、漱石の着こなしを再現してみたい」と快諾した。(中略)試行錯誤の末、ぴったりのスーツが完成した。「英国スタイルで基本を押さえたファッション。清潔感があり、知的に見える着こなしは1世紀以上を経た今でも通用しますよ。

(『熊本の漱石』から引用)

スーツを着る漱石像は、今後も地域おこしに活用されるそうだ。

漱石が暮らした借家

夏目漱石は“引越し魔”だったようで、熊本にいた43ヶ月の間に、確認されているだけでも暮らした家は6軒あるという。その中でも、お気に入りだったのが内坪井町の借家で、ここは“夏目漱石内坪井旧居”として当時のままに保存され、一般公開されているそうだ。

訪れた人は、実際に暮らしていた家を訪問すると、生活を垣間見たような感覚になり、文豪を一人の人間として身近に感じられるようになるという。

館長の小原啓介さんは、

「ここは父親になった時に住んでいた家。当時の場所に、そのままの形で公開されている家は全国でここだけなんですよ」と胸を張った。(中略)「じっと庭を眺めて過ごす人もいれば、詩吟をする人も。皆さん、いろんな漱石の楽しみ方を持っているようです。

(『熊本の漱石』から引用)

明治の文豪の世界を堪能しに、熊本へ行ってみたくなった。また、友人のフランス人にも漱石の面影が多く残る場所を教えてあげようと思う。

(文:沼口祐子)

※トップ画像は国立国会図書館ウェブサイトより転載

熊本の漱石 文豪に魅せられて

著者:池田亮
出版社:読売新聞社
読売新聞熊本支局の連載「文豪に魅せられて」(2015年1月1日~1月8日掲載)をまとめました。「漱石は、熊本市に4年3か月も滞在したのに、なぜ1年間しかいなかった松山市より印象が薄いのか? 「熊本の漱石」を全国に発信しよう――。「吾輩(わがはい)は猫である」「草枕」などで知られる明治の文豪・夏目漱石(1867~1916年)。2016年の熊本来県120年と没後100年、17年の生誕150年という節目を前に、15年は「プレ漱石記念年」になりそうです。小説だけでなく、俳句やファッション、食べ物など、文豪の多彩な魅力発信に盛り上がる熊本県内の動きをリポートしました。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

関連記事