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「風の谷」を暴力の空間にしないために

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『風の谷のナウシカ』が封切られてまもない1980年代半ばころ、監督の宮崎駿さんが、あるインタビュー記事で、自分が作品を作るうえでの原則というのを挙げていた。それは次のようなものだった。

1.一方が正義で、一方が悪という見方をしない
2.武力で物事を解決しない
3.国家がつねに正しいとはかぎらない

その数年後、宮崎さん本人に話を聞く機会があったとき、これらの原則についてあらためて聞いてみた。
巷では『エイリアン2』や『ランボー/怒りの脱出』が話題になっていたころで、宮崎さんはそうした作品を取りあげつつ、「正義の味方が悪をやっつけて、これで世界は平和になった、ワッハッハみたいな話はうんざりなんです」といった。

冷戦終結でなにが変わった?

『エイリアン2』も『ランボー』もつくられたのは冷戦時代だ。
東西対立を背景として、正義という大義名分の下に、悪をこらしめるという構図はわかりやすかった。しかし、冷戦が終われば、もともとイデオロギーでしかないそうした単純な二項対立は非現実的なものになるはずだった。

でも、そうはならなかった。
東西対立はなくなっても、グローバリゼーションが進んで、より複雑な対立構造が生まれ、そこでもまた互いに自分こそ正義であり、敵対する相手を悪と見なす構図も変わらなければ、武力で物事を解決しようとする姿勢も変わらなかった。しかも世界は平和になるどころか、テロや紛争などの暴力が世界中に拡散し、ますます危険な世の中になってしまった。

「安全で豊かな世界」と「危険で貧しい世界」

国際政治学者の竹中千春さんは『世界はなぜ仲良くできないの?―暴力の連鎖を解くために』(CCCメディアハウス・刊)の中で、今日の世界で暴力の連鎖がやまない背景には、グローバリゼーションの進行にともない、世界が「安全で豊かな世界」と「危険で貧しい世界」に分裂してしまったことがあるという。

グローバルな市場経済の広がりにつれて、かつてのような「貧しくても幸せな暮らし」を可能にしていた自然や村といった自立の拠点は失われ、「貧しくても幸せな世界」は、たんに「お金のない貧しい世界」へと変貌していった。

そこはお金や住まいや食べ物をはじめ、法や教育機会や情報や自由といった生活の安全を確保するリソースを奪われた不安定な世界だ。そこが「危険で貧しい世界」つまり「暴力の空間」になっていく。

暴力が「文化」であること

暴力を生み出す社会の構造を、竹中さんは「暴力の文化」と呼ぶ。それは「暴力を振るうことが、人々のライフスタイル・行動パターン・価値観を形成する社会」であり、たとえば、「銃を持って買い物に行く、ナイフをもって学校に行く、武装組織に仕事をもらう」というふうに「すべてに暴力が関わっている暴力依存症の世界」である。

このような暴力に依存した世界を変えるにはどうすればいいのか。

「暴力を止める」ということは・・・暴力に依存した社会の構造を変えるということにほかなりません。暴力が社会を統制し利益を生んでいく「暴力の文化」、これを変える必要があるのです。買い物に行く・学校に行く・仕事をするといった日々の行動を暴力から切り離さなければなりません。

(『世界はなぜ仲良くできないの?』より引用)

「風の谷」は暴力の空間になっていたかもしれない

宮崎駿さんの『風の谷のナウシカ』は「風の谷」という「貧しくても幸せな世界」が「危険で貧しい世界」へ追いやられていくことに対して、非暴力的に抵抗していく話だった。しかし、現実の世界では無数の「風の谷」がいまや「暴力の空間」となって、さらなる暴力の温床となっている。

暴力に対抗するには、こちらも暴力をもつしかないという考え方から逃れるのはむずかしい。それが現実的であり、時間もないし、これしか選択肢がない。そういわれると混乱してしまう。しかし、「これしか選択肢はない」「時間がない」という言葉こそ、「人を操ろうとする人が用いる脅し」であり、「自由な思考を封じる言葉だと思ってまちがいない」と竹中さんはいう。

まずこれらの言葉を使わないこと、そして立ち止まってじっくり悩むこと。「風の谷」を暴力の空間にしないために、ささやかだけれど、だれにでも、いますぐできることだ。

(文:田中真知)

世界はなぜ仲良くできないの?

著者:竹中千春
出版社:CCCメディアハウス
世界はなぜ仲良くならないのか。なぜ数え切れないほどの人々が命を失い、ケガをし、住むところを奪われ、苦しい暮らしをさせられているのか。「暴力の連鎖」を解くために知るべきこと、考えるべきことをやさしく解説する。

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