ハウツーが満載のコラム
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つらい恋に苦しんでいるなら、この物語を読みましょう。

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マッサージを受けて涙を流したことがありますか?
心と体の両方が、ほどけ、とろけていくような気持の良さに、思わず涙をこぼしてしまったことが・・・。
私はあります。 何度もあります。

ただ、マッサージを受けているとき、マッサージ師さんに泣かれたことは一度しかありません。

原田マハの小説集『星がひとつほしいとの祈り』(実業之日本社・刊)を読みながら、私は私のために泣いてくれた女の子を思い出しました。

飛行機が遅延して、思いがけなくマッサージすることに

私は肩も腰も首も凝るので、マッサージが大好きです。 お金もかかるし、そう頻繁には行くことはできませんが、臨時収入があると、「とりあえずビール!」ではなく、「まずはマッサージ~」となります。
夜ビールを飲むと決めたら、夕方から水を飲まないようにして「プハ~~」と叫ぶ快感に備えるように、マッサージが予約できると、日中、頑張って原稿を書き、コリコリの肩を「ヨシヨシ」とさすりながら出かけ、「あ、ぎゃ~~」と、騒ぎながら過ごすことになります。
いつも準備万端整えてからマッサージに出かける私ですが、思いがけなく、マッサージを受けたことがあります。
ベトナムを旅行中、飛行機が遅れ、時間が余ってしまったため、夫が「よぅし、マッサージしながら待つか」と、誘ってくれたのです。

涙を流しながらのマッサージ

滅多にないことですが、そのとき、私は「え~っ、今日はやめとくわ」と、断りました。
夫には言えずにいたのですが、足を怪我していて、誰にも触られたくなかったのです。
前日、道を渡ろうとしたとき、突進してきたバイクにはねられ、弁慶の泣き所を強打しました。 ベトナムは治安は悪くなかったのですが、とにかくバイクだらけで、道を渡るのが大変なのです。
「こ、骨折した!」と思ったのですが、幸い、打ち身ですみました。ただ、「人間の足がこのように黒くなるのか!」というくらい、内出血していたのでした。
「こんな状態でマッサージだと~~!無理でしょ?」と、訴える間もなく、私の前にはお湯をはった桶が運ばれ、かわいい女の子が静かに待っています。
「あの足の裏だけお願いします。内出血のところ、触られたら、多分、私、あなたの顔をけっちゃうからね」と、言いましたが、彼女は私の言うことがわからないかったようで、静かに足を持ち上げ、スカートをまくり上げるや「おっ」と、小さく叫びました。
内出血を見て、驚いたのでしょう。
そして、な、なんと、静かに涙を流しました。
痛そうだと思ったのか、気の毒だと思ったのか、よくわかりませんが、彼女は私のために泣き、何を思ったのか、内出血した部分を集中的にマッサージし始めたのです。

神秘の治療

「やめて~!触らないでってば」と、言おうとして、私は耐えることにしました。
お客とはいえ、見ず知らずの私のために泣きながら何かをしようとしているのです。
拒否しては申し訳ない。
私はとりあえず、身を任せることにしました。
彼女は内出血した部分にオイルを塗ると、細く、華奢な指で、固まってしまった血をほぐすようにマッサージを始めました。
痛くなかったと言ったら、嘘になりますが、蝶が羽ばたくような繊細な動きは、私の心と体をほぐし、真っ黒になった傷を少しずつ少しずつとろかしたのです。
これはマジックだ。
私は心からそう思い、搭乗案内のアナウンスを聞き逃しそうになるくらい、うっとりと座っていました。
彼女は何かをぶつぶつ祈るように言いながら、渾身のマッサージを続けました。
それでいながら、時間が来ると、あっさりと「はい、これで終了です」と、立ち上がりました。
神秘の治療は、約束どおり、ぴったり45分で終わったのです。

星がひとつほしいとの祈り

小説『星がひとつほしいとの祈り』の主人公は、売れっ子のコピーライターである文香です。
東京の大手広告代理店に勤め、数々の新人賞を受賞し、テレビや新聞にも登場するなど、イケイケドンドンの暮らしをしています。
何もかもが自分を中心に回る華やかな暮らし・・・。
ただ、彼女にも弱みがあります。
なぜか家庭を持った男に惹かれてしまうのです。 四国への出張を引き受けたのも、不倫の相手と一緒にいられるから、ただそれだけでした。
仕事が終わった後、温泉にでも入って、ゆっくり二人で過ごしたい、そんな風に思っていたのです。
けれども、彼は妻子持ち。そそくさと家に帰ってしまいます。
行き場を失った彼女は、一人ぼっちで道後温泉に向かい、そこで出会うのです。 「星がひとつほしいとの祈り」と呼ぶべき不思議な体験をさせてくれるマッサージ師に・・・。

原田マハの世界に浸ろう

小説の行方がどこへ向かうのか、言うのはやめておきましょう。
温泉につかるようなぬくもりをあなたに感じて欲しいからです。
けれども、著者である原田マハが実際に旅したときの経験をもとに書かれているだけに、リアリティに富んでいる物語だということだけは言ってもいいと思います。
著者は、小説家になる前、数多くの美術館でキュレーターとして働いていたといいます。
そのためでしょうか。
観るように読む小説世界を繰り広げることができます。
『星がひとつほしいとの祈り』には、他にも7つの作品が収録されており、 いずれも、恋と旅をテーマにすえた物語ですから、展覧会で次々と絵画を観て回るような楽しみに身をゆだねてみてはいかがでしょう。
もしあなたがつらい恋をしていたとしても、どこかでほっとする楽しみを感じさせてくれるに違いありません。

(文・三浦暁子)

星がひとつほしいとの祈り

著者:原田マハ
出版社:実業之日本社
時代がどんなに困難でもあなたという星は輝き続ける。売れっ子コピーライターの文香は、出張後に立ち寄った道後温泉の宿でマッサージ師の老女と出会う。盲目のその人は上品な言葉遣いで、戦時中の令嬢だった自らの悲恋、献身的な女中との交流を語り始め――「星がひとつほしいとの祈り」。このほか、20代から50代まで各世代女性の希望と祈りを見つめ続けた物語の数々。「楽園のカンヴァス」で注目の名手が静かな筆致で描く、極上の短編集。

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