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一匹オオカミの孤独と悦楽を選んだ男・都築響一、その眼差しにしびれる

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どうしても見たいものがあって、山道を前進したことがある。
夏草が生い茂る場所をたった一人で分け入ったのだ。怖がりの私にはありえない行動だったが、キリシタンの教会跡をどうしても見たくて、自分を抑えることができなかった。
それでも、途中、怖くなって、一度だけ引き返そうかなと思った。
携帯電話が圏外になったことに気付いたのだ。もし、ここで行き倒れても、誰も助けに来てはくれない。
私は携帯のディスプレイを見つめ、しばし迷ったが、「大丈夫。きっと大丈夫」と、勝手に決めて、どうにかめざす場所にたどり着いた。
無事だったからよかったけれど、二度とあんなことはするまいと思う。

圏外は心細い

それまで、私は携帯電話にそれほど執着していないほうだと思っていた。
けれども、圏外だと知り、猛烈に心細くなったあの時のことを思うと、けっこう、携帯にしがみついているようだ。
携帯がつながっていないと、自分を支えている人たち、たとえば、家族や仕事の関係者と連絡が取りにくくなる。
それはやはり嫌だ。心細いし、寂しいし、そして、怖い。

1人きりで家にこもって原稿を書くのが仕事で、それで満足だと思って暮らしてきたが、結局のところ、私も一人きりは怖いのだ。人間は群れを作り、孤独を埋め、助け合いながら生きていくものなのだろう。
そもそも私はサラリーマンの娘で、団地形式の社宅で同じ会社に勤める家族に囲まれて育った。「みんなご一緒に」は体にしみついた習性だったのかもしれない。

たった一人で雑誌作りに挑んだ人、その名は都築響一

そんな私にとって、『圏外編集者』(都築響一・著/朝日出版社・刊)は驚きの本だった。
著者・都築響一は、圏外にいることを怖れない一匹オオカミのようだ。
彼は40年間、ずっとフリーランスの編集者として生き、闘ってきた。
まだ大学生の頃、創刊されたばかりの『POPEYE』誌でアルバイトをするようになり、そのまま今に至るという。

一度も「勤め」をしたことがなく、お給料というものも受け取ったことがないというのだから徹底している。
家で内職のように原稿を書き続けてきた私からすると、同じフリーでも、厳しさが違う。素敵だな~と、ため息が出る。
私は編集者や家族や、私の本を読んでくれる人たちに頼りきって書いてきた。
自分の甘っちょろさを恥ずかしく思う。
ただ、次の言葉には救われる思いがした。

原稿の書き方も、取材のやり方も、写真の撮り方も習ったことがない。ぜんぶ、見よう見まね。だから自分の仕事が独創的かどうかはわからないが、独学であることだけは確かだ。

(『圏外編集者』より抜粋)

そうか!
独学でもいいのだ!

出版業界、冬の時代は本当なのか?

若者が本を読まなくなったと叫ばれて久しい。
確かに、本屋さんに行っても、立ち読みをしている人の数は減ってるし、いても、私を含め、中年以降の世代が目立つ。
電車のなかでも、文庫本を開いている人はほとんどいない。
携帯電話があるから、本や雑誌は必要ないのだという意見もよく耳にする。
けれども、そんなはずはない。
面白ければ、人は本や雑誌を買うはずだ。
私はそう信じたいし、信じている。
面白い雑誌や本なくして、毎日をやり過ごせるとは思えない。

担当編集者がいる編集者

都築響一はこれまで「編集のノウハウに関する本を書いてください」と望まれても断ってきたという。
それはそうだろう。
彼は編集のノウハウなど存在しないと考えているのだ。
存在しないものは書けない。
しかし、『圏外編集者』の担当編集者は粘りに粘った。「聞き書きでもいいですから」と、口説き落としたのだ。
これは驚きだ。
編集者に担当編集者がいるなんて、驚きではないか!
それほどに彼の仕事にほれ込んでいたのだろう。
だからこそ一匹オオカミのような彼を怖れず、果敢に食いつき、とうとうその視線をとらえるのに成功したのだ。
私は二人の稀有な編集者に尊敬の念を抱く。
あなたがもし、たとえ編集者でなくても、フリーとして生きていきたいなら、『圏外編集者』の教えを心に刻むべきだと思う。

メールマガジンで会えるドキドキする記事

都築響一はこれまで独創的な作品を世に送り出してきた。
それはたとえば、1980年代の世界の現代アートを映す現代美術全集『アートランダム』であったり、狭いけれども独創的な若者たちの部屋を撮影した『TOKYO STYLE』であったり。
97年には『ROADSIDE JAPAN』で、木村伊兵衛賞も受賞している。
そして、今、還暦を迎えた彼は紙媒体の書籍を飛び出し、メールマガジン「ROADSIDER'S weekly」(http://www.roadsiders.com/)を刊行し、今までなかった面白い雑誌をWEB上で提供している。
私たちの「ドキドキしていたい」思いを現実のものとする情報が、いつでもどこでも誰にでも届くのだから、まったくもって素敵な時代がきたものだ。
オオカミのような目をした男が「圏外編集者」の力を駆使して届けるメールマガジンからは、「圏外」でいたくないなと思う。

 

(文・三浦暁子)

圏外編集者

著者:都築響一
出版社:朝日出版社
編集に「術」なんてない。珍スポット、独居老人、地方発ヒップホップ、路傍の現代詩、カラオケスナック……。ほかのメディアとはまったく違う視点から、「なんだかわからないけど、気になってしょうがないもの」を追い続ける都築響一が、なぜ、どうやって取材し、本を作ってきたのか。人の忠告なんて聞かず、自分の好奇心だけで道なき道を歩んできた編集者の言葉。多数決で負ける子たちが、「オトナ」になれないオトナたちが、周回遅れのトップランナーたちが、僕に本をつくらせる。編集を入り口に、「新しいことをしたい」すべてのひとの心を撃つ一冊。

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