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ゴッホの絵は、鶏小屋の穴を塞ぐために使われていた!

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世界的に有名な画家と聞いて誰もがイメージするのが、フィンセント・ファン・ゴッホだろう。19世紀を代表するポスト印象派の画家であり、代表作にはバブル時代に日本企業が53億円で落札した「ひまわり」などがある。

日本でも飛びぬけて人気の高い画家だが、その人生は順風満帆ではなかった。生前にはまったくと言っていいほど評価されなかったのだから。

波乱の人生を送ったゴッホ

ゴッホは1853年3月、オランダで生まれた。
作品は比較的多く残されているものの、わずか37年という短い人生であり、しかも画家として活動したのはわずか10年ほどに過ぎない。

その人生は波乱に満ちていた。
若くして美術商のもとに就職し、仕事を始めたものの、約7年でクビを宣告される。その後は大学への進学を目指すが断念、伝道師の資格を得ようとしたものの失敗するなど、挫折の連続だった。

さらに、晩年には精神疾患を患い、自ら耳を切断する事件を起こしてしまうのである。そして、その最期は銃による自殺だった。あまりに不遇すぎて、泣けてくる。

売れた絵は1枚だけ!

ゴッホは27歳で画家になることを決意して絵を描き始めるものの、評価はまったくされず、美術界はもちろん世間からも無視され続けたという。

数ある絵の中で、生前に売れた絵は「赤い葡萄畑」という作品、たった1枚だけだった。しかも、売れたのは亡くなる5ヶ月前である。絵が売れたという報せがい入ったものの、すでに精神を病んで入院しているところだったのだ。

寄贈した絵も雑に扱われる

また、ゴッホが耳を切断したときに精神科の主治医だった医師、フェリックス・レーの姿を描いたのが「医師レーの肖像」だ。ゴッホはレーに敬意をこめてこの作品を描き上げたものの、レーは絵をお気に召さなかったようだ。奥さんもこの絵が不快極まりなかったそうだ。

絵は壁にかけて飾られることはなく、鶏小屋の穴をふさぐために使われたという逸話もある。しかもレーはゴッホの死後、この絵を売り払ってしまったのだ。

生前にもっと評価されていれば、ゴッホも精神を病まずに済んだか、もっと優雅な暮らしをしていたかもしれない。時代が早すぎたのである。

ゴッホの名画を気軽に鑑賞しよう

さて、前出のこの2枚の絵は、現在の価値に換算したらいったいどれくらいになるか、見当もつかないが、軽くウン十億円は超えるだろう。レー医師の子孫は、先祖が絵を雑に扱い、しかも安く売り飛ばしてしまったことをきっと後悔しているのではないだろうか。

そんなゴッホの代表作を鑑賞したいと思ったら、『ゴッホ 名画集』(西洋画研究会・著/ゴマブックス・刊)がおすすめだ。主要な作品は一通り網羅されているし、解説もあってわかりやすい。

ゴッホの人生は陰鬱なものだったが、ページをめくっていると絵そのものは色彩の明るさが目を引く。ゴッホは陰と陽、両方を持ち合わせた人物だったのだ。

(文:元城健)

ゴッホ 名画集

著者:西洋画研究会
出版社:ゴマブックス
ポスト印象派を代表する巨匠、ゴッホ傑作選!!解説付きだから面白い!!本書は、ポスト印象派の代表的な画家であり、日本でも大変人気のあるゴッホの作品の中から、特に傑作と思われるものを厳選し、それぞれに解説を加えた。約10年という短い創作活動のなかで繰り広げられた、ゴッホの世界をじっくりお楽しみください。

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