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目の見えない子犬を、わたしたちが、どうしてたすけてあげてはいけないのですか?

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目が見えないのでクルクル回る犬・ダンのことを、私が知ったのは、たしかテレビの動物番組だった。ふたりの少女と団地の自治会長が、目の見えない捨て犬を助けたルポルタージュだった。

目の見えない犬ダン』(大西伝一郎・文、山口みねやす・絵学研プラス・刊)は、この心温まる物語を、素敵な絵と共に私たちに詳しく伝えてくれる本だ。

団地で飼う犬だから「ダン」

物語は、松山市の団地に住むふたりの5歳の少女が、川で段ボール箱に入った子犬を見つけ、団地の自治会長に手伝ってもらい助けたことからはじまる。

子犬は目が見えないようで立ち上がると、くるくる回り、そしてよろけて倒れてしまう。もし、もう一度捨てたら車に轢かれるか、川に落ちて死んでしまう。そう思った少女は子犬を守る決意をする。

が、団地ではペットを飼うことは禁止になっていた。
はじめは団地の小学生たちも協力し、大人には内緒で飼おうとするがすぐに見つかってしまった。

規則は守るべきと主張する大人たちに対し、子どもたちは命を守るべきだと叫んだ。

「盲導犬は人をたすけてくれているのです。目の見えない子犬を、わたしたちが、どうしてたすけてあげてはいけないのですか。」「目の見えない、この子犬を、見ごろしにしてもいいのですか。」(中略)団地の人たちは、ことばにつまりました。言いかえすことばが、見つかりません。団地のみんなは、シーンとなりました。

(『目の見えない犬ダン』から引用)

無垢な子供たちが涙ながらにそう訴えた言葉が、<ペットを飼えない団地のきまり>を崩し、子犬は団地内の広場で飼うことになった。団地で飼うので子犬は「ダン」と名付けられた。

紙芝居でダンは一躍有名に

やがて、ダンを拾ったふたりの少女が小学2年になったとき、この話を紙芝居にして「愛媛子ども文化研究会」が全国から募集している紙芝居コンクールに応募。そして、これが最優秀賞を受賞し、全国に報道されたことで「ダン」は一躍有名になった。

私がテレビでダンを観たのも、そのなかのひとつだろう。

ダンの番組は、「いのちをまもることが、なによりたいせつなことだ。」「弱いものいじめをしてはならない。」ということをつたえたのです。

「犬の耳をそいだり、鳥を矢で射ったりするいまの時代に、目の見えないすて犬をひろってきて育てるなど、なかなかできないことだ。」と、言う人もいました。

(『目の見えない犬ダン』から引用)

私が通った小学校は動物王国だった

もう半世紀も前のことだが、私が通った静岡市内の公立小学校はミニ動物園のようだった。
当時の校長がムツゴロウさんのような動物好きだったので、たくさんの動物を校内で飼っていたのだ。

アヒル、カモ、キジ、ニワトリやウサギたちのいる飼育小屋は中に池まであるりっぱなものだった。その向かい側にはニホンザル2匹が自由に遊び回っていた大きな檻があり、そのまたとなりには、ヤギの小屋が柵で囲われてあった。
さらに、校長室には小型のワニが水槽に入って飼われていた。

サルとワニの世話をするのは校長だけだったが、飼育小屋の鳥たち、そしてヤギの世話は当番制で高学年の児童がしていた。

飼育小屋当番になると、近所のスーパーや青物店に野菜くずをもらいに行き、それらを刻んでヌカと混ぜて鳥たちの餌を作って与えた。また、飼育小屋の床や池をブラシでこすってキレイにするのも児童が責任を持つことになっていた。鳥たちはとても人懐こく、掃除のじゃまをしたり、作っている最中の餌を横取りしたりするので、鳥が苦手な子どもたちはワーワー、キャーキャー大騒ぎだった。

校長はスーツを着ている時よりも、作業着に長靴ということが多く、子どもたちが動物の世話をするのをニコニコしながら見つめていた姿は今でも目に浮かぶ。昭和40年代、のどかな時代だったのだ。

ヤギの「メリオ」の死

5年生になったとき、私たちのクラスがヤギの世話を長期的に担当することになった。ヤギはオスで名前は「メリオ」だった。

柵の中だけでは狭いので、一日に2回、メリオに首輪とリードをつけて、校内をぐるりと一周散歩させるのだ。メリオのご機嫌がよければ、犬の散歩のように楽チンなのだが、なにせヤギには角がある! 気に入らないことがあるとメリオは角を向けてくるので、怖がりの子はリードを離してしまい、そうするとメリオとの追いかけっこがはじまる。

校長や担任の先生からは、「角を両手で掴んでしまえば大丈夫」と教えられ、皆で、角を上手にキャッチする練習をしたものだ。幸い、メリオの角で怪我をした児童はいなかった。

そのメリオがある朝、小屋の前で冷たくなって倒れていた。クラス担任の男の先生と校長がすぐにメリオを獣医に運んだが、助からなかった。死因はビニール袋を食べてしまい、それが詰まったことだった。誰かが、餌を与えたあとに、ビニール袋を片付け忘れ、柵の中に放置したらしい。けれども犯人探しはしなかった。

「誰の責任だなんて言うのは絶対にやめましょう。でも、私たちのちょっとした不注意で動物は死んでしまうことがある、それを教訓として学びましょう。メリオは天国へ行きました。皆で、メリオのために祈りましょう」

そう私たちに言うと、校長も担任もポロポロと涙をこぼしはじめた。私たちも「メリオ!」と叫びながらワンワン泣いた。とても悲しい出来事だったが、私たちはそれで命の尊さを学んだのだと思う。

こんな風に昔も今も、動物にまつわる”いい話”はきっと全国のあちこちにあるだろう。動物たちが人間に教えてくれることは、とても多いのだから。

(文:沼口祐子)

目の見えない犬 ダン

著者:大西伝一郎(文) 山口みねやす(絵)
出版社:学研プラス
捨てられていた目の見えない子犬を子どもたちが見つけたが、きまりがあるために助けることができない。しかし子どもたちの生き物に対する愛情やハンディを持つものへの思いやりの気持ちが大人たちを動かし、ついには子犬を救うことができた感動のお話。

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