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『君の名は。』の新海監督のデビュー作は5分間のアニメで、ネットで公開されている。

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新海誠監督の作品にしばしば出てくるテーマがある。それは「どこか遠く」に思いを馳せるというところだ。
例えば『君の名は。』の、自分と入れ替わっている異性への呼びかけであったり、『ほしのこえ』の何光年も離れた場所にいる人へのメールだったり、『言の葉の庭』のどこに住んでいるかわからない相手を待つことだったりなどである。では、デビュー作として作られた『彼女と彼女の猫』にはどのような思いが描かれているのだろうか。

自主制作版(1999年)

『彼女と彼女の猫』は、新海監督が自主制作した短編アニメーションだ。
物語には都内でひとり暮らしをしている女性と、彼女に拾われた雄猫が出てくる。毎朝起きて、猫にエサを与え、電車に乗って出勤し、夜になると帰宅して、食事を済ませて寝る。そしてまた新しい朝が来る。単調な毎日をひそやかに生きる彼女を見て猫は「彼女はいつでも誰よりも優しくて、誰よりもきれいで、誰よりも懸命に生きている」と思う。

ある日、彼女は長い電話の後で、ひとり、部屋の中で涙を流す。そして「誰か助けて」とつぶやく。デビュー作でもやはり、「どこか遠く」へ思いを馳せるという設定がなされていたのだ。つぶやいたところで、猫以外は誰も聞いていないし、実際に誰かが助けに来てくれるわけでもないのだけれど。

ノベライズ版(2013年)

たった5分の作品とは思えない、非常に情緒的なこの『彼女と彼女の猫』は、発表から14年も経った2013年にノベライズ化(カンゼン・刊)された。作者は新海監督ではなく、永川成基さんである。ここでは何人もの猫を飼う女性たちが現れ、物語は一気に膨らんでいく。アニメ版の彼女と彼女の猫のストーリーも含まれ、そこにはアニメでは描かれなかった涙の理由も出てくる。

小説の中にも「彼女はいつでも誰よりも優しくて、誰よりもきれいで、誰よりも懸命に生きている」「誰か助けて」というセリフが書かれている。そして繰り返しこのセリフを聞いてやっと、呼びかけが2方向にあることに気づいた。助けを求める彼女と、彼女を助けたい猫である。思えば他の作品も男性側からと女性側からの呼びかけが、それぞれなされている。猫は彼女に言葉が通じない。だけど彼女にずっと声にならない声で語りかけ続けている。相手の心への届くかわからない呼びかけ、それもまたひとつの「どこか遠く」へ思いを馳せる行為なのだ。

テレビアニメ版(2016年)

2016年、今度は『彼女と彼女の猫 Everything Flows』というテレビアニメ版が放映された。脚本は小説と同じく永川成基さんである。今度は母子家庭で育った女の子が、女友達と東京でルームシェアを始める物語だ。彼女は幼い頃から飼っていた猫を新居に一緒に連れて行く。母親との間にはどうやら心理的軋轢があるようだ。

そしてまたしても彼女が「助けて」とつぶやくシーンが現れる。その時、このSOSは、もしかしたら母親に向かっているのではないかとこちらは気づかされる。ひとり苦しむ彼女のそばには雄猫がいる。雄猫は自主制作版や小説版で、他の雌猫に「僕には、大人の恋人がいる」と言い放っている。猫は人間の彼女を愛しているのだ。けれど彼女は猫が近づいても泣き続ける。猫がなんと言いたいか、こちらに伝わってくる。猫は「ここにいるよ」と告げたいのではないだろうか。そしてこれは、他の新海映画でも出てくるフレーズである。

新海さんのこの映画を観るたびに、私は「彼女」に同化し、彼女と一緒になって「誰か助けて」と心の中でつぶやいてしまう。映画の中で彼女を救ってくれる誰かが現れたのかどうかは、映画を観てからのお楽しみであるけれど、観客の多くは、登場人物と一緒になって「どこか遠く」に想いを馳せる一瞬があるのではないだろうか。そしてこのような「どこか遠く」へのコンタクトこそが、新海誠作品の醍醐味なのだと思う。

(文・内藤みか)

彼女と彼女の猫

著者:新海誠、永川成基
出版社:カンゼン
新海誠の幻のデビュー作が小説となって息を吹き返す! アニメとは異なる視点で描いたもうひとつの『彼女と彼女の猫』。都会で一人暮らしをする女性が、ある日偶然猫を拾った。自分の感情を言葉にするのが苦手な彼女と、彼女の不器用さをそばで見守る猫。友人との言葉の掛け違いを境に、彼女の日常から笑顔がなくなっていく。拾われた猫たちを軸に描かれる、四つの連作短編。

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