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封建時代にアンパンチした男。それいけ!木村安兵衛

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わたしは「あんパン」をよく食べます。

そのまま食べるのもおいしいですが、マーガリンを塗って食べるのも好きです。バターではいけません。乳臭すぎるからです。つぶあんマーガリンは日本人が誇れるすばらしい食文化だと思います。

マイ・フェイバリット・あんパンは、「高級つぶあん栗入り」(山崎製パン株式会社)です。マーケットやコンビニに行けば100円前後で買えます。

わたしは「高級つぶあん栗入り」にマーガリンを塗りながら食べます。最高の組み合わせです。お試しください。

あんパン誕生前夜

あんパンは明治時代に発明されたものです。

すでに江戸時代には「まんじゅう」がありましたが、新元号「明治」に変わった直後の日本人に「あんぱん」を受け入れてもらうためには苦労があったようです。

おなじ「小麦生地であんこを包んだ食べ物」なのに、なぜでしょうか?

理由は「パンの風味」でした。

『その時歴史が動いた26』(KTC中央出版・刊)所収の「明治天皇あんパンを食す/リストラ武士・木村安兵衛の挑戦」によれば、当時はパン発酵のために「ビール酵母」を使っていたので、仕上がりは硬くて酸っぱかったそうです。

あんパンは武士が作った

「まんじゅう生地」をヒントにして、日本人好みのパンを作ることを思いついたのは、木村安兵衛(きむら・やすべえ)という士族でした。あんパンで有名な「木村屋總本店(文英堂)」の創業者です。

もともと武士だった木村安兵衛は、1869年(明治2年)の版籍奉還が実施されるのを知って、いままでの封建制度に見切りをつけて、東京の新橋にパン屋を開業しています。

歴史年表に照らし合わせれば、江戸城無血開城の1年後であり、なんと戊辰戦争の末期ごろです。

木村安兵衛がパン屋を開業したのは、明治2年3月。箱館の五稜郭防衛戦で土方歳三が戦死したのは、同年5月。封建社会に属していた武士ふたりの運命が大きく分かれた瞬間です。

当時の酸っぱくて硬いパンを改良するために、安兵衛は「ビール酵母」ではなく「日本酒の酵母(酒種)」を使うことにしました。つまり「酒まんじゅう」の応用です。その後「あんこ」をパンに詰めるという発想の元にもなりました。

パンは健康食品だった!?

明治期にあんパンが普及した理由としては「栄養価」と「画期的なマーケティング」を挙げられます。

まず「栄養」について説明します。

幕末から明治にかけて、東京では「脚気(かっけ)」患者が増えていました。ビタミンB1が欠乏することによって、末梢神経障害や心不全を発症します。明治期には、「脚気衝心」による年間2万人の死者が記録されています。

ビタミンB1欠乏症である脚気に「パン食が効果的である」と説いたのは、明治時代に来日していたドイツ人医師ホフマンでした。

パンの材料である小麦粉の胚芽には、鉄分や食物繊維やビタミンB1などが多く含まれるからです。

脚気を改善したり予防したい人々が買い求めることで、木村安兵衛のパン屋は繁盛しました。

究極の販売促進マーケティング「皇室御用達」

明治時代といえば「文明開化」というキーワードが挙げられます。

しかし、元号が「明治」になったからといって、日本人全員がすぐに西洋文明を受け入れたわけではありませんでした。

「あんパン史観」を採用するならば、真の文明開化は明治8年と言えるかもしれません。この年に「新政府側」と「旧幕府側」による歴史的和解がおこなわれたからです。その席上には「あんパン」がありました。

あんぱんはなぜ売れ続けるのか』(井上昭正・著/清流出版・刊)は、すぐれたマーケティング事例を解説したビジネス書です。一例として「木村屋總本店の桜あんぱん」の歴史が紹介されています。

1875年(明治8年)に、明治天皇と皇后両陛下による花見行幸がおこなわれました。桜が咲きほこる隅田川へ向かう途中に、一行は「旧・水戸徳川藩邸」に立ち寄りました。

行幸を出迎えたのは徳川昭武(とくがわ・あきたけ)でした。十五代将軍・徳川慶喜の実弟です。慶喜は、水戸藩の第9代藩主である徳川斉昭の実子です。水戸徳川家から一橋家に養子に出たあと、将軍になっています。

つまり、明治8年4月4日の花見行幸のために旧・水戸徳川藩邸へ立ち寄ったのは、新時代を象徴する明治天皇が、旧時代を象徴する一族の住まいをおとずれるという歴史的イベントだったのです。

その席上に、木村安兵衛の作った「桜あんぱん」が献上されました。あんパンも新時代を象徴するものでした。

こうして「桜あんぱん」は、水戸屋敷に届けられ、明治天皇のお気に召し、ことのほか皇后陛下(昭憲皇太后)のお口にあったと、大変喜ばれました。
そして「引き続き納めるように」という両陛下のお言葉があり、宮中御用達に加わることになったのです。

(『あんぱんはなぜ売れ続けるのか』から引用)

天皇陛下や皇后陛下が「おいしい」と言ったことは、またたくまに全国へと伝わりました。「文明開化の味」として、あんパンは日本中に広まったというわけです。

(文:忌川タツヤ)

あんぱんはなぜ売れ続けるのか

著者:井上昭正
出版社:清流出版
本書は、100年以上の長きにわたり、激動・激変の荒波を乗り越えて今日に至った企業が、いったいどのような自社独自のマーケティング戦略を駆使・展開してきたのかを明らかにするものです。日本人には馴染みの深い優良企業7社を選び、これら7社のマーケティング戦略の実践的な事例をみながら、理論的な解説を加え、その成功の謎解きをしました。

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