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押見修造はクソムシだけじゃない。この読み切りマンガがすごい!

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高校時代の同級生に「しゃべらない男子」がいた。名前を、仮に「Rくん」としよう。

私は、Rくんの声を聞いたことがなかった。それは「無口」や「引っこみ思案」とは違うものだった。

私がはじめて話しかけたとき、Rくんはこちらの言うことにうなずいたり首を横にふったりするだけだった。しばらくして、親しくなってからRくんにたずねたことがある。きみがしゃべらないのは「障がい」のせいなのか、と。

かれは、首を横にふった。ほがらかな笑みを浮かべながら。
私は、ますますRくんに興味をひかれていった。(※このあとBL展開はありません)

ミステリアスな同級生

Rくんと親しくなった者は、きまっておなじ夢をみる。彼が「しゃべる」夢だ。

ある晩、ついに私の夢のなかにもRくんが登場した。とても甲高い声だった。たとえるなら安田大サーカスのクロちゃんみたいな声だった。おお、ついにRくんがしゃべった――と喜んでいたら眠りからさめてしまった。

じつはRくんはしゃべれる、というウワサもあった。発信源がRくんの中学時代のクラスメイトだったので信ぴょう性は高い。でもやっぱりRくんはしゃべらなかった。

なにせ、かれはホームルームで担任から話しかけられても決して声を発しないのだ。担任はRくんの態度に困惑していた。あいかわらずの朗らかな笑顔で黙っているものだから、いわゆる「反抗」ではないぶん、教師にしてみればRくんの「態度」は不可解きわまりないものだったにちがいない。

その徹底ぶりに、私はおどろいた。担任の先生ですら、Rくんがしゃべらない「理由」を知らないのだ。本人がいうとおり「障がい」ではなかった。じゃあ、いったい、なぜ?

しゃべらないRくん。15年以上も前に出会った風変わりな同級生の話を思い出したのは『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』というマンガを読んだからだ。

入学初日に失敗して孤立する

志乃ちゃんは自分の名前が言えない。うまくしゃべれない。

「…………すいません あの…すいませんえっと おっ…はっすいません えと… えと… おっ… お………っ すいません お… おっ …お… はっあ… ちがうんです あの…! おっおっ おっ! おっ! おっ!! おっ… おっ! …っ…! お!お!お!お!お!」

(『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』から引用)

自分の名前は「大島志乃(おおしま・しの)」だと自己紹介したいだけなのにうまく言えず、初対面のクラスメイトたちからバカにされてしまう。

緊張したせいもあったが、もともと志乃ちゃんはうまく「しゃべりはじめる」ことができないのだ。特に、母音(あ・い・う・え・お)から始まることばを発声しようとすると、アシカの鳴き声のモノマネを披露する羽目になってしまう。

志乃ちゃんの苗字は「おおしま」だ。母音からはじまる。自己紹介がうまくできないので、まともな友人関係を築けない。ますます内向的になりオドオドしているから、いつでもどこでも「からかい」の対象になり、教室や学校内で孤立してしまうのだが――

目をそむけたいのに先が気になってしまう

「シリアスな社会問題」や「肉体的・精神的なハンディキャップ」を題材にしたフィクションを避ける人は、いるのではないだろうか。私もその一人だ。

正直なところ、マンガで難しいことなんて考えたくない。なによりも、その類の作品から漂ってくる啓蒙臭や説教臭さが好きではない。

本書『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』も、あるハンディキャップを真正面からあつかっているのだが、すくなくとも説教くさいところは皆無だった。

なぜなら、主人公である志乃ちゃんを完膚なきまでに「ぶざま」に描いているからだ。彼女が抱えているハンディキャップは「一生つきまとうもの」として描かれているがゆえに、志乃ちゃんは作品の始めから終わりまで、くやしくて悲しくて情けなくていつもいつも泣いている。この作品に「理屈」はない。ひたすら「理不尽」と「激情」があふれている。すさまじいほどに。

そもそも、説教くさいと感じるどころか「鼻水をたらして泣きさけぶ志乃ちゃん」をみて思わず笑ってしまい、私はひどい自己嫌悪におちいった。ハンディキャップを扱っている以上、この漫画を読んだあとに楽しい気持ちにはなれない。しかし、読んでよかったと私は心から思っている。

青春ヒリヒリ系マンガの傑作

本書『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』の作者は、クソムシでおなじみのマンガ『惡の華』を描いた押見修造だ。

いままで私は、押見さんの作品を読んだことがなかった。しかし、今回紹介した『志乃ちゃん~』だけで、いともたやすく心をわしづかみにされてしまった。すぐに『惡の華』を買いに走ったのは言うまでもない。

読後感がよく似ているなーと思うのは、2014年にマンガ好きたちの話題をさらった阿部共実の『ちーちゃんはちょっと足りない』だ。かつて社会のルールや他人を思いやることに無自覚だったころを思い出してしまい、心の古傷をえぐられる。『志乃ちゃん』も『ちーちゃん』も、全1巻で完結するにもかかわらず、読み終えたあとにはじゅうぶんな満足感を味わうことができる。

(文:忌川タツヤ)

志乃ちゃんは自分の名前が言えない

著者:押見修造(著)
出版社:太田出版
“普通になれなくて ごめんなさい”ヒリヒリ青春漫画のマエストロが贈る、もどかしくて、でもそれだけじゃない、疾走焦燥ガールズ・ストーリー。“自分の名前が言えない”大島志乃。そんな彼女にも、高校に入って初めての友達が出来た。ぎこちなさ100%コミュニケーションが始まるーー。いつも後から遅れて浮かぶ、ぴったりな言葉。さて、青春は不器用なヤツにも光り輝く……のか?

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