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秀吉と翼の犬と黄金伝説。九州地方で語り継がれる「羽犬塚」の由来

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2016年のNHK大河ドラマ『真田丸』は、堺雅人さんの主演でしたが、全50話を振り返ってみると、ベテラン俳優たちの好演がきわだっていたように思います。

草刈正雄さん演じる真田昌幸はもちろんのこと、小日向文世さん演じる豊臣秀吉も素晴らしかったです。

『真田丸』の秀吉は、大坂城や聚楽第で遊んでばかりいるように見えたかもしれません。しかし、1585年の関白就任後も、九州地方を平定するために秀吉はみずから大軍を率いて出陣しています。

このとき、後世にまで語り継がれる「太閤伝説」が発生したといわれています。

それこそが「秀吉と翼の犬の伝説」です。

羽犬塚(はいぬづか)という異界

福岡県筑後市には「羽犬塚駅」というJR九州の停車駅があります。「はいぬづか」と読みます。

珍しいのは駅名だけではありません。じつは、羽犬塚駅の周辺には「翼がはえている犬」の銅像がいくつも建っています。冒頭の写真は、現代日本にあわられた異界のごく一部を撮影したものにすぎません。

おもわず目を疑ってしまう光景ですが、羽犬塚の「翼の犬の銅像」は、地域ぐるみで実現されたものです。

羽犬塚駅の所在地である筑後市は、銅像だけにとどまらず、羽犬をもとにデザインした「はね丸」というキャラクター名の「ゆるキャラ」を考案しています。さらに「はね丸のLINEスタンプ」なるものまで配信するという気合いの入れようです。

やばいです。

秀吉と羽犬にまつわるの文献資料

「翼がはえている犬」なんて、常識的には考えられない生命体です。

梨の妖精(ふなっしー)と同レベルの即席ファンタジーかと思いきや、筑後市には「秀吉と羽犬にまつわる古文書」が実在するというのだから驚きです。

歴史研究書『秀吉と翼の犬の伝説』(蒲池明弘・著 佐々木四十臣・著/桃山堂・刊)によれば、羽犬伝説を文字資料として確認できる最も古い文献は、1702年に書かれた『六所大権現縁起』というものだそうです。

ここに天正・文禄の頃、関白秀吉公、薩州下向の時、羽ある犬を召され給ふ。この犬ここに死別。宿町のほとり、塚を築く。これより羽犬塚町、名付と云り。

(『秀吉と翼の犬の伝説』から引用)

「薩州下向」というのは、薩摩つまり島津氏討伐のことです。九州平定のときに、秀吉が羽犬をつれており、死んじゃったワンちゃんのために塚(墓)を作った。だから「羽犬塚」という地名が発生した、ということのようです。

黄金を探索するために犬をつれていた?

天正15年(1587年)に、秀吉が九州侵攻をおこなったのは史実です。だからといって、古文書に書かれていた「羽犬塚」の由来をそのまま信じられるわけでもありません。

しかしながら、「羽犬塚」という珍妙な地名が数百年以上ものあいだ風化しなかったことも事実であり、羽犬伝説を完全否定することもまた難しいのではないでしょうか。

先に紹介した歴史研究書『秀吉と翼の犬の伝説』では、現実的な考察もおこなわれています。なかでも「秀吉が犬をつれていた理由」についての仮説の数々は、興味深いものばかりです。

たとえば「すぐれた嗅覚をもつ犬に金鉱脈を探させるため」というものです。火山が立ち並ぶ九州地方は、日本有数の「金の産出地」でもあります。「ここほれワンワン」というわけです。

「黄金の茶室」で知られる金ピカ大好きな秀吉のイメージに照らし合わせると納得できました。

(文:忌川タツヤ)

秀吉と翼の犬の伝説

著者:蒲池明弘、佐々木四十臣
出版社:桃山堂
福岡県には秀吉の九州遠征にまつわる翼のある犬の伝説がある。古墳エリアの風土と黄金探索の歴史のなかで伝説の背景を探る。

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