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私の父は、80歳で免許を自主返納した

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私の知り合いのA子さんの父親はもうすぐ80歳。このごろ物忘れがひどくなり、先日とうとう車を電柱にぶつけてしまった。
A子さんは父親の車を廃車にし、父親には運転を禁じた。けれど、彼はスキを見てA子さんの車のキーを持ち出し、車に乗って出て行ってしまった。そしてなんということか、またしても車をぶつけ、A子さんの車まで廃車にしてしまったのだ。

身体の衰えと運転

私の父親は、80歳で免許を自主返納したが、それまでは車の運転が好きだった。
70歳で退職するまで、職場にも毎日往復30分ほどの距離を運転し続けていた。けれど、退職後は、次第に視力が落ち、運転するのが難しくなった。そのため、80歳の誕生日を迎えた時に、免許を自主的に返納し、車も処分してしまった。

父親の場合も、それ以前に危なかった時がなかったわけではない。
60歳になる頃、急な坂道で車を止めようとした時に、肩に激痛が走り、うまくブレーキをかけられなかったことがある。痛みでハンドルやレバーを動かせず、車は後ろ向きにジリジリと下がっていく。後部座席に同乗していた私も冷や汗をかいた一瞬だったが、父は必死の力で腕を動かし、なんとか事なきを得た。少し遅くやってきた五十肩に突然見舞われたのである。その時はまだ60歳ということもあり、数日運転を休んだら治ってしまったので、免許返納の話にはならなかった。

自主返納の特典

免許を自主返納すると、いろいろなものをいただける
自治体によって違うが、バスの無料券やタクシーの割引券など車代わりに使うであろうものへの特典だけでなく、地域で使える商品券をもらえるところもある。免許を返納すると「運転経歴証明書」なるものが出されるが、それを提示する事で、ホテルのレストランやメガネや補聴器の割引サービスも受けられる自治体もある。
しかし私の父親は「何もいらない」と言い放ち、すべての権利を放棄して帰宅したという。
もらっておけばいろいろおトクだったはずなのに、理由は母にも明かされなかった。

毎日のように車を乗り回していた人にとって、車は大切な相棒だ。私の父の場合、目がよく見えなくなってしまったので、すぐに諦めがついた。けれど、冒頭のA子さんの父親はそうではなかった。免許を返納した後も、車のカギを探して家中探し回るなど、大変だったそうだ。その後、施設に入所したのだけれど「教習所に行ってまた免許を取る!」と言い続けているという。

返納に応じない人

最近、高齢者の自動車事故が目につく。認知症の疑いがあるドライバーが人身事故を起こすケースもあり、免許返納について真剣に考える人が増えている。このことについて正面から取り上げているコミックが『ヘルプマン!!』(くさか里樹・著/朝日新聞出版・刊)だ。介護士が主人公のこの物語、2巻と3巻が高齢者ドライバー問題なのである。

マンガには、家への帰り道がわからなくなり、道なき道を走って混乱に陥る70代の男性が出てくる。車はあちこちをぶつけ、無残な状態に。家族が「免許を返納し、検査を受けるように」と説得しても、素直に言うことをきかない。周囲が躍起になればなるほど、男性も頑なになっていく。これはもしかしたら今、日本のあちこちで起きている出来事なのではないだろうか。

高齢者は人生の先輩

『北風と太陽』というイソップ寓話がある。北風が旅人の服を脱がそうと躍起になればなるほど旅人は飛ばされまいと服を押さえてしまった。対して太陽は旅人をぽかぽかと照らしたので、旅人は暑くなってすんなり服を脱いだ。高齢者ドライバーも、周囲がガミガミ言うほど意固地になってしまう気がする
マンガでも、太陽のように高齢者を包み込むアドバイザーが現れる。彼は高齢者を「おじいちゃん」扱いするのではなく、「人生の先輩」として接していた。すると高齢者たちも途端にキリッとした表情になるのだ。

ここで頑固だった私の父親のことをまた思い出した。
父は免許返納の特典を「何もいらない」と言い放ち、役所を出て行ったが、これはもしかすると自分が高齢者扱いをされたことが悔しかったのかもしれない。だから「何ももらわなくても自分は大丈夫だ」と主張したかったのではないだろうか。私たちは、高齢者に接する時、あまりいたわりすぎず、尊敬の気持ちを常に忘れずにいるという絶妙な対応が必要なのかもしれない。

(文・内藤みか)

ヘルプマン!! Vol.2 高齢ドライバー編

著者:くさか里樹
出版社:朝日新聞出版
年をとっても車に乗りたい、でも……。認知症の症状が出始めた高齢ドライバー、本人は、家族は、介護の専門家はどう向き合うのか。週刊朝日に好評連載中、高齢化社会の問題に切り込む意欲作。

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