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「今日学校行きたくない」と子どもに言われたら

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もし小学1年の息子が、ある朝「学校に行きたくない」と訴えてきたら、あなたはどう受け答えをするだろうか。これは『途中下車 パニック障害になって。息子との旅と、再生の記録』(北村森・著/河出書房新社・刊)というエッセイで起きたシチュエーションである。ちなみに息子の母親は入院中で、著者の北村森さんがパニック障害を患い、会社を退職していて家にいて対応することとなった。こういう場合、どのように解決するのがベストなのだろうか。

理由を聞き出す

この本の著者である北村森さんは、まず、いじめやお友達とのケンカなど、学校に行きたくない理由を推測して息子さんに聞いてみたが、違うという。では何かと聞いたら、給食のお味噌汁が苦手だけれど、全部飲まないと先生が怒る。そして今日は味噌汁が出る日だから行きたくない、と。誤解を避けるためにも、息子さんの口から理由を説明してもらうというのは、とても大切なことなのだ。

大人から見れば、なんだそのくらい、と思えるような理由かもしれない。けれど子どもなりの真剣さを北村さんは受け止めたうえで「お腹が痛いと嘘をついてみる」「お友達に代わりに飲んでもらう」「お味噌汁をこぼしてごまかす」などを提案してみた。けれどどれもいやがる。考えた末に北村さんが給食の時間になったら「親戚に不幸が」と喪服で息子を迎えに現れるということになった。そして息子さんには「給食とは関係ないのだからお昼までは授業をちゃんと受ける」ことを約束させたのだ。

一緒に対処する

しかしこれは一時的なしのぎに過ぎない。次に給食に味噌汁が出てくるのは2週間後。それまでになんとか息子に味噌汁を飲めるようになってもらいたい。北村さんは何種類もの味噌を買い込み、自分でダシを取り、けんちん汁や鯛入りのものなど、毎日色々な種類の味噌汁を作り続けた。
最初はおそるおそる口をつけていた息子さんも、次第に飲み進められるようになり、ついに再び給食に味噌汁が出る日が近づいてきた。すると息子さんはこう言った。
僕、がんばるよ。とうたんも頑張ったからね
毎日味噌汁作りに奮闘している父親の努力を、息子さんはちゃんとわかっていたのだ。そして見事、給食を完食することができたのだった。

年を重ねると対応も複雑化

このケースはお子さんが小学1年生ということもあり、問題はお味噌汁だけだったので、2週間後に飲めるようになったところで、見事解決した。しかし学年が進むにつれ、問題は複雑になり、簡単には解決しなくなる。

例えば私の息子の場合、中学2年の時に、登校時間になると腹痛を訴えたり吐き気に襲われたりして外出不能の状態に陥った。原因は担任によるいじめだった。

これは私と息子だけでは片付けられることではなく、学校に相談して対応をお願いしなくてはならなかった。話し合いは半年にも及んだが、担任は態度を改めることはなかった。ここで一番問題なのが息子で、素直に「学校に行きたくない」と言ってくれればいいものを「僕は悪くないから学校に行く」と意地を張り続け、結局体力と精神の限界に達し、退学することとなった。

学校に行くことがゴールではない

学校に行けない状態になった子どもの全員が、学校に行けるようになるわけではない。私の息子のように退学や転校、もしくは不登校となる子どももいるので、親はまず躍起になって学校に行かせようとはしないほうがいい。北村さんの場合「どうだ、頑張れそうか」と息子さんに尋ねている。子どもが自問自答し、今日は難しいと感じた時は、無理させない勇気も必要だ。

北村さんはお子さんを急かさなかった。そして共に寄り添い、克服を目指した。それは彼自身が、突如としてパニック障害になり、ハードに働いていた会社を退社し、休養することになったことが大きいのかもしれない。この本には、息子さんとのやり取りによって癒されていく北村さんの姿が描かれている。私の息子も「ママは一緒に学校に向き合ってくれた」と後で言ってくれた。子どもの悩みに全力で寄り添う時間は、親子の大切な絆になるのだと思う。

(文・内藤みか)

途中下車 パニック障害になって。息子との旅と、再生の記録

著者:北村森
出版社:河出書房新社
41歳春、突然襲ったパニック障害。電車に乗れない、会議が怖くなる……。会社を辞め、息子とふたり旅をしながら、病気と闘い、自分と家族の再生を目指した、感動のノンフィクション!

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