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こんなに不思議な人生があるなんて!中国で花開いた仰天人物の物語

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師走を迎え、何かと気ぜわしい日々。
「あぁ、いろいろやんなきゃな~~」という言葉とはうらはらに、だらだらと新聞を読んでいたら、中国の皇帝、乾隆帝の玉璽(印章)が約25億円で落札されたとあり、思わず絨毯の上で正座してしまった。に、に、にじゅうごおくえんだと~~~!!
売り手はイブ・サンローランのパートナーだった富豪ピエール・ベルジュ。
書い手の名前は伏せられていたが、中国の収集家だそうだ。
予想価格の20倍という価格での決着だというから、びっくりである。

写真を見ると、赤みがかった石に9匹の龍が彫刻された美しい印章だ。
私の頭を「この玉璽、あの人も見たかしら?」という思いがかすめた。
ちょうど同じころ、中国で暮らし、乾隆帝にも信頼されていた人物のことを思い出したからだ。

数奇な運命をたどったジュゼッペ・カスティリオーネ

1715年、一人のイタリア人画家が、中国の土を踏んだ。
その名はジュゼッペ・カスティリオーネ。ミラノで生まれた、イエズス会の司祭である。
故郷にとどまっていれば、若き司祭として信者からの尊敬を集めたであろう彼が、命がけの航海を経て、大清帝国が支配するこの土地に来たのには訳があった。中国の人々にキリストの福音を伝えたいという強い志を持っていたのだ。

しかし、その時、もちろん彼は知らなかった。
仕えていた皇帝がキリスト教を禁じる政策に転じることを。
自分が死ぬまで中国で過ごすことになることも。

中国の三代皇帝に仕えたイタリア人画家

ジュゼッペ・カスティリオーネは、清朝の宮廷画家として登用され、康熙帝、雍正帝、乾隆帝という三代の皇帝に仕えた。
キリスト教が禁教となっても、画家としての才能を認められていたのだ。
その間、彼が描いた作品は、一部は動乱のさなかに焼かれ、散逸してしまったが、半分以上の作品が生き残り、中国大陸と台湾に収蔵されている。

たとえジュゼッペ・カスティリオーネの名を知らない人でも、どこかで彼の描いた絵を観たことがあるかもしれない。
一度、観たら、忘れられない、どこか不思議な、印象的な、筆致だ。
私も最初からひきつけられ、興味を持ち、いつかこの絵を描いた画家について調べてみたいと思っていた。

皇帝の肖像画を描くということ

個人的には、馬を描いた「百駿図」や「画瑪瑺斫陣図」が好きだ。
しかし、彼は皇帝の肖像画で有名だ。確かに、皇帝や皇后を描いた肖像画には目を見張らないではいられない。
清の6代皇帝乾隆帝の肖像画も独特だ。まっすぐにこちらを見つめてきて、その迫力に目をそらしたくなる。
ジュゼッペは最初、西洋風に45度の角度から帝を描き、立腹させてしまったのだという。
というのも、中国では、皇帝たる者は必ず真正面を向き、両耳を少し大きくして描く必要があるからだ。
そこで、改めて注文を受け入れて描き直すと、皇帝は大変満足し、皇后や皇妃の肖像画を次々と注文した。
司祭だけに、女性同士のライバル心にうとい彼は、戸惑いながらも、工夫をこらし、画を仕上げていく。

画家による画家の伝記

紫禁城の西洋人画家』(王凱・著/大学教育出版・刊)は、中国の杭州出身の画家である王凱が、ジュゼッペ・カスティリオーネの人生に関心を持ち、その一生を解明すべく取り組んだ作品だ。論文のようでもあり、伝記のようでもあり、物語のようでもある。

著者・王凱は自身が画家なので、ジュゼッペ・カスティリオーネを研究するにあたって、文献を渉猟するだけではなく、絵を描くとはどういうことか?それも、皇帝を満足させる絵とはどういうものか?について、細かく考えていく方法をとった。
そのため、王凱ならではの独特のアプローチとなり、作家が書いた伝記ではなく、画家による画家を見つめた書物となっている点が、興味深い。

ジュゼッペ・カスティリオーネの秘密

ジュゼッペは、遠く中国までやって来たというのに、本来の希望であった宣教活動を行うことができなかった。
しかし、幸いなことに、彼には絵画というもう一つの才能があった。
もちろん、好き勝手に描くことは許されず、それまで鍛錬してきた西洋的な画法とは違う方法を新たに編み出さなくてはならなかった。毛筆や、絹、墨、顔料など、中国絵画の材料を使って描く必要もあった。
それでも、ひたすらに絵を描き続けたジュゼッペの姿には打たれないではいられない。故郷を恋しく思う日もあったろう。条件づきの制作にうんざりしたこともあったはずだ。

できあがった作品は、西洋的な手法に中国的な要素が混ざりあい、独特の雰囲気をまとったものになっている。
皇帝からの指示を仰ぎながら描いたというのに、彼でなければ創造できない彼だけの世界が広がっている。
文化が混ざり合うとはこういうことをいうのだろうか?

それにしても、中国にやってきたイタリア人画家が中国皇帝の依頼で描いた作品を、日本にやってきた中国人画家が研究し、一冊の本にした。
そこには何らかの神秘と神業が隠されているようで、思わず息をのむ。

(文・三浦暁子)

紫禁城の西洋人画家

著者:王凱
出版社:大学教育出版
清王朝の康煕・雍正・乾隆三帝に仕えたジュゼッペ・カスティリオーネ(郎世寧)は、清朝宮廷西洋人画家として半世紀間、絵を描き続けた人物である。本書は彼の生涯と早期の西洋画、中国での東西折衷の絵画の代表作の内容を中心に詳述する。

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