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子どもが「死」を理解するのはいつ?

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人は誰しも、いつか必ず「死」に直面する。

テレビで流れるニュース、映画やアニメのストーリー、飼っているペットの死、身内の訃報。小さな子どもでも、「死」について接することは日常生活の中に多々ある。ある日、ふと我が子が口にするかもしれない。「死ぬってどういうこと?」そのとき、どう答えたらいいだろう?

子どもが「死」を理解する年齢

子どもが何歳くらいから「死」について理解するのかについては、多くの研究者たちがさまざまなデータを元に論じてきた。
いくつかの論文を読んでみると、2歳や3歳の幼児でも「死ぬ」という言葉を使うことがあるが、本来の意味は理解できておらず、ただ動かない、眠っているだけと捉えている場合が多いのだそう。

もう少し大きくなると、死んでしまったら生き返らないという「不可逆性」を理解するようになるが、小学校の低学年頃までは、死は他の特定の誰かに起こるものであり、自分には関係がないことという認識であることが多い。

そして高学年になると、不可逆性に加えて、誰しもがいつか必ず死ぬという「普遍性」、死んだら動かないという「不動性」が繋がっていることを理解し、「死は誰にとっても避けられないこと」と気づくのだそう。

また、イギリスのある研究によると、4歳から7歳の時期に、それまでの「死=眠る」という認識から、生命を維持させる体の機能についての理解が深まる、つまり「死」への理解度が飛躍的に増す、とのこと。

つまり、本当の意味での理解には至らずとも、4歳頃から「死」についてなんとなく把握し始める子どもは多いようである。

絵本で「死」について考えてみる

いろいろなデータから、「死」を理解する年齢についてはわかった。

説明の仕方に関しては、「死んだらお星様になるんだよ」とか「遠いところに行ってしまう」というような曖昧な表現や遠回しな言い方は子どもを混乱させてしまうので、できればストレートな言葉を使った方がいいだろう。

では、「死ぬこと」自体の説明ではなく、もっと感覚的なもの、死と直面したとき、そしてその後の、心のケアについてはどうだろう。

そんなときは、絵本を教材に「死」について親子で考えてみるのもひとつの手だ。

1998年に発行された 『いつでも会える』(菊田まりこ・著/学研プラス・刊)は、累計110万部を突破したベストセラー。1999年には「ボローニャ児童賞・特別賞」を受賞したことでも話題になった。

物語は、シロという犬の視点で進んでいく。大好きだった飼い主のミキちゃんが、ある日突然いなくなった。どこを探しても見つからない。どうして? どこに行っちゃったの? 戸惑い、涙しながらも、シロが大きな悲しみを乗り越えていくストーリー。

この絵本の中で「死」というワードは使われていない。あくまでも「いなくなった」という表現だけ。それでも、シンプルでいて力強くあたたかい挿絵と、ピュアな言葉の数々が、ミキちゃんとの死別を理解させてくれる。そして、物語の中のシロと、死というものをまだ漠然としか理解できていない子どもとは、感覚的に近いのではないだろうか。

「死」を意識することは、「生」を考えること

『いつでも会える』は、私自身も発売された当初に読んだ絵本だが、今回約20年ぶりに読み返してみると、あの頃の感情とはまた違った想いがこみ上げてきた。おそらくこの20年の間に、身内や友人の死を経験したからだろう。

読むたびに、読後感が違う。

会えなくなっても、心の中には生き続ける。
まぶたを閉じれば、いつでも会える。
ぐっと胸に沁み入る、それでいて元気ももらえる一冊。

死んでしまうと、もう会えなくなる。

一緒にご飯を食べたり、おしゃべりしたり、遊んだりできなくなる。
だからこそ、今このときを大切にしたい。
会いたい人にはたくさん会いに行く。伝えたい想いは伝える。

死を考えることは、生を考えることでもある。

そんなことを、子どもたちにも伝えていきたい。

(文・水谷 花楓)

いつでも会える

著者:菊田まりこ
出版社:学研プラス
大好きな飼い主、ミキちゃんを亡くしたいぬのシロ。ずっと一緒にいられると思っていたのに、どうしてかな?なんでかな?…寂しくて、悲しくて、ミキちゃんに会いたくて…。悲しみを乗り越えていくシロの姿が心に響く、感動のお話です。

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