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「のり塩忌」といえば誰の命日?

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芥川龍之介の命日を「河童忌」という。芥川の代表作のひとつにちなんで名付けられた。

太宰治の命日である「桜桃忌」の由来も同じだ。司馬遼太郎の命日に「菜の花忌」と冠したイベントがおこなわれるのは、歴史小説『菜の花の沖』にあやかっている。

「のり塩忌」には、34歳の若さで亡くなった伊藤計劃(いとう・けいかく)を追悼する。日本のSF作家。2009年(平成21年)3月20日没。代表作は『虐殺器官』『ハーモニー』等。

伊藤計劃が愛した「のり塩」

のり塩と故人の関係については、生前に公開していたブログ文章をまとめた『伊藤計劃記録 I』(伊藤計劃・著/早川書房・刊)にて知ることができる。

クリスマスの夜、俺は何をしていたか。ポテチを食っていた。
(中略)
俺は想像を絶する脂肪肝に蝕まれている。なぜかというと、俺はポテチを大量に喰うからだ。コンソメは喰わない。コイケヤののり塩、それだけをひたすら喰う。どれぐらい喰うかと言うとビッグバッグ一袋を一回でたいらげる。我ながら異常である。彼女ができないわけだ。

(『伊藤計劃記録 I』から引用)

ご覧のように「のり塩忌」は、伊藤計劃が好きだったスナック菓子に由来する。

じつを言えば、「のり塩忌」は公認されている名称ではない。わたしが勝手に言っているだけにすぎない。(本来ならば、氏のデビュー作『虐殺器官』にちなんで「虐殺忌」とするのが妥当かもしれない。ただし、小林多喜二の命日を「虐殺忌」と表現した先例があるようだ)

年忌も月命日も関係なしに、わたしは伊藤計劃を追悼したいときに追悼する。コイケヤの「のり塩」ポテトチップスを食することによってわたしが哀悼の意をささげるのは、まことに勝手なファン心理によるものだ。勝手に故人を偲んで、勝手にポテチを喰って、勝手に脂肪肝になるべく突き進んでゆく。自己陶酔にひたる。

偉大な死者を信奉するということ

のり塩ポテチを食べながら故・伊藤計劃を悼む習慣があるからといって、彼の熱狂的なファンを名乗るつもりはない。

わたしは、故人とは一面識もなかった。生前にイベントやサイン会などで対面したこともなければ、電子メールやインターネット上で私信を交わしていたわけでもない。そんな「ごくありふれた読者」にすぎないわたしが、折にふれて氏の追悼をおこなってみせるのは自己満足すぎるきらいがあると思う。

それを自分でもわかっていて、のり塩ポテトチップスを食べながら故人が著したものを読み返すという行為に喜びを見出してしまう。ほめられた嗜好ではないが、この感覚は自分でもよくわからない。

きわめて的確な映画評論を個人ブログで発表していたり、病床にありながら短期間で傑作小説を書き上げるなど、生前における伊藤計劃の業績や才能を崇め立てずにはいられないのだ。普段のわたしは宗教にすがることはないが、「のり塩忌」を通じて、信仰にはえもいわれぬ気持ち良さがともなうことを身をもって理解した。ぽかぽかする。

「青のりまみれ」のラッキーポテチ

ポテトチップスのり塩味をまじまじと眺めながら食べていると、誰でもいちどは気がつくことがある。

より一層の青のりをまとったポテチを見出すことができるのだ。青のりまみれのポテトチップス。ひと袋のなかに1~2枚は含まれているから、四葉のクローバーほどの希少性はない。そうは言っても、一段と濃ゆ~い青のり風味を味わえるので、これを見つけたときには得した気分になる。

コイケヤ「ポテトチップスのり塩」の栄養成分表示をみると、1袋あたりの食塩相当量は約0.73グラム(ナトリウム288mg)のようだ。塩分量は少ないらしいが、食べれば食べるほど塩辛く感じるのはなぜだろうか。原材料名には「アミノ酸等」という表記があるので、うまみ調味料による作用かもしれない。

わたしの場合、通常サイズの60グラムでも後半は食べ飽きてくる。ビッグバッグ(200グラム超)を一度に食べるのはマネできそうにない。

(文:忌川タツヤ)

伊藤計劃記録 I

著者:伊藤計劃
出版社:早川書房
メタルギアソリッド、リドリー・スコット、押井守、そしてウィリアム・ギブスン――個人ブログ「伊藤計劃:第弐位相」を中心に、SF、映画、ゲーム、さらに自らの病について綴られた数々の文章。その独特の語りと、冷静かつユーモアを湛えた世界への視線で、作家デビュー以前から類いまれな才能をうかがわせた2001~2005年までの文章を収録する全記録第1弾。

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