ハウツーが満載のコラム
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あなたはどこに接吻されるのが好きですか?やはり唇?それとも、首筋?いえいえ、もっと他のところ?

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中学生の頃、クリーム・ソーダやパフェを食べると、欠かさずにする儀式があった。
それは、サクランボの軸を口の中で結ぶことだ。
舌だけを使って、上手にくるっと結べたら、それはキスが上手な証拠。
私たちはそう信じ、おしゃべりも中断し、みんなで必死になって作業に没頭したものだ。
舌をつりそうになってもやめなかった。

接吻するその日まで

なぜか男子はその儀式に加わらなかった。
むしろ「お前たち、ばかじゃないの?」と、軽蔑のまなざしを向け、無駄な努力をする私たちを笑っていた。
けれども、私たちは負けなかった。
まだ見ぬ誰かと、熱い接吻を交わす日に備えて、練習をしておくにこしたことがない。
そう信じたからこそ頑張ったのだ。

長い歴史を誇るのね

私たちばかりではない。
キス、つまり接吻は、人間にとって一大事だ。
小説だって、映画だって、キスシーンはそこだけ浮き出たように見える。
自分がしているわけでもないのに、ゴクッとつばをのみこんだりしてしまう。
接吻の博物誌』(立木鷹志・著/青弓社・刊)を読むと、「こんなにも長い間、人類は接吻を繰り返してきたのか!」と感無量になる。
男女の間はもちろん、親子、友達、聖職者と信者たちが、あっちで接吻、こっちで接吻という感じなのだ。
アダムとイブの時代から現代まで、人間は接吻にこだわり、接吻をしたいと願い、それでいながら、いざとなると尻込みしつつ、接吻を交わしてきた。

接吻を詩にすると・・・

接吻と一言でいっても、その種類は多い。
触れる部位や、相手によって、いろいろだ。
接吻について語る場合、必ずと言っていいほど引用される詩があるという。
オーストリアの劇作家兼詩人のフランツ・グリルパルツェルの作品だ。

手の上ならば尊敬のきす
額の上ならば友情のきす
頬の上ならば厚意のきす
唇の上ならば愛情のきす
閉じた目の上ならば憧憬のきす
掌の上ならば懇求のきす
腕と頸ならば欲望のきす
さて、そのほかはみな狂気の沙汰よ

(『接吻の博物誌』より引用)

道を究めるために

た、たしかに・・・。
そして、妙なことに気づいた。
私が一番、好むのは、閉じた目の上へのキスだ。
そして、ここには書かれていないけれど、頭のてっぺんにされるのもけっこう好きかもしれない。
そして、私には未だされたことのない場所がある。
考えてみると、掌にキスされたことが一度もない。懇求されたことがないということか?
つまりそこは私の接吻処女地だ。
サクランボの軸を結びながら、練習に励んだ割には、まだまだ修行が足りない。
キスの百科事典のような『接吻の博物誌』を熟読し、接吻道を究めたいものである。

(文・三浦暁子)

接吻の博物誌

著者:立木鷹志
出版社:青弓社
恋人たちの情熱的なロマンスに欠かせない接吻。エロスの欲望が駆り立てる悦楽の営みの多様なありようを、古今東西の文学や芸術、風俗史にさぐる官能の文化誌。

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