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ジャイアント馬場0勝1敗防御率1.29

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「世界の巨人」ジャイアント馬場。日本プロレスのエースであり、全日本プロレスの社長兼レスラー。日本人なら一度は名前を聞いたことがあるだろうし、その存在は知っていることだろう。

日本を代表するプロレスラー、ジャイアント馬場

プロレスラー・ジャイアント馬場については、もはや語る必要はないだろう。日本はもちろん、世界でも有名なプロレスラーだ。

209cm、135kgという日本人離れした大きな躯体を活かし、1961年からのアメリカ武者修行ではメインイベンターとなり、数々のタイトルに挑戦。そして日本に帰ってきてからは、日本プロレスでエースとして活躍。アントニオ猪木とともに、力道山亡き後のエースとして活躍した。

1972年には日本プロレスを退団し、全日本プロレスを設立。自ら社長兼エースとして活躍する一方、ジャンボ鶴田や三沢光晴、川田利明、小橋建太、秋山準などのレスラーをデビューさせた。自らは一線からは退き、興行の前半戦で楽しいプロレスを展開するなど、死ぬ直前までリングに上がり続けた。

そして1999年1月、61歳で肝不全により死去。当時、そのニュースを聞いてとてもショックを受けた記憶がある。

読売ジャイアンツの投手、馬場正平

ジャイアント馬場のプロレスラー時代のエピソードというのは、もはや語り尽くされた感がある。自伝や関連書籍も多く出ているので、読んだことがある方も多いのではないだろうか。

ジャイアント馬場といえば、プロレスラーになる前は読売ジャイアンツで投手だったということも知られていることだ。しかし、プロ野球選手時代のジャイアント馬場、いや馬場正平について論じられることはあまりない。

2mを超える日本人投手なんて、長いプロ野球の歴史でもあまりいないだろう。話題性としては充分だったはずだ。結果的に、宿舎の風呂で転倒し、左肘に大きな裂傷を負う。これが原因でプロ野球選手を諦めたわけだが、プロ野球時代の馬場正平とはどんな選手だったのだろうか。

プロレスファンだけでなくプロ野球ファンも楽しめる1冊

巨人軍の巨人 馬場正平』(広尾晃・著/イースト・プレス・刊)は、プロ野球選手時代のジャイアント馬場、馬場正平について深く掘り下げた稀有な書籍だ。

このコラムのタイトル通り、馬場正平の5年間のプロ野球選手としての生涯成績は0勝1敗。そのほとんどを2軍で過ごし、1軍では3試合しか登板していない。

それでも、2軍では絶大な人気を誇っており、2軍の看板選手だったようだ。言い方は悪いが、「客寄せパンダ」的な感じだったのだろう。

最初は、ジャイアント馬場のプロ野球選手時代のことが知りたいと手に取ってみた書籍だ。もちろん、綿密な取材を基に構成されており読み応えがある。

個人的にはそれと同じくらいに、当時のプロ野球の2軍という環境について詳しく書かれていたことに興味を覚えた。現在の2軍とは違い、当時は独立採算であったことや、複雑なリーグが存在していたことなど、初めて知ることも多かった。

ジャイアント馬場ファンはもちろん、プロ野球ファンにとっても楽しめる1冊だ。

(文:三浦一紀)

巨人軍の巨人 馬場正平

著者:広尾晃
出版社:イースト・プレス
国民的スター“ジャイアント馬場”の知られざる野球時代。新潟三条での青春時代、モルモン教との出会い、難病“巨人症”との闘い、憧れの読売巨人軍入団、長嶋茂雄・王貞治との交流、プロの壁、成功率1%の大手術、二軍での馬場旋風、早すぎる引退。偉大なプロレスラー・ジャイアント馬場の「野球選手」としての実像に迫る。

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