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「コロッケそば」を題材にした落語がある

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『時そば』という落語がある。そば屋で釣り銭をごまかそうとする江戸っ子の噺(はなし)だ。古典落語における人気の演目であり、明治時代から現代に至るまで、数多くの噺家たちが演じてきた。

現代における『時そば』の名手といえば、柳家喬太郎(やなぎや・きょうたろう)を挙げることができる。

別名「コロッケそば」とも呼ばれるようになったそれは、マクラ(上演の導入部)に特徴がある。喬太郎の自己紹介に始まり、会場に向かうため電車で移動するという話、それから駅の立ち食いそば屋へと話題を移していく。

本来ならば、そのあと「江戸時代における屋台そば」のうんちくが語られるものだが、柳家喬太郎は「コロッケそば」について熱弁を始める。「使い古された油で揚げている」とか「原価が十数円ぽっちの冷凍コロッケを使っている」など、ほとんど悪口なのだが、喬太郎(通称・キョンキョン)は、立ち食いのコロッケそばが大好きだそうである。

じつに旨そうに語るので、喬太郎が演じる『時そば』のマクラを聴いていると、誰もが「コロッケそば」を食べに行きたくなる。

「コロッケそば」ファンの論破を試みる

「コロッケそば」が好きだという者は多い。
見識を疑われてしまうので、あまり人前で言わないほうがいい。秘すれば花である。

本来、蕎麦(そば)とコロッケの相性は良くないと思う。百歩譲ったとしても、ポテトコロッケと相性が良いと言えるのは、かけそばにおける「温かいだしつゆ」である。そばの麺にコロッケは合わない。

おそらく、コロッケそばのファンを称する者たちが好きなのは「コロッケ(かけ)そば」であって「コロッケ(ざる)そば」ではない。和風だしのおつゆが偉いのであって、コロッケが偉いわけではない。過大評価というものだ。

「ポテトコロッケは白飯のおかずになりうる」と主張する者たちも同様だ。食欲を増進させているのは、コロッケにかけるウスターソースや醤油などの調味料である。何もかけないポテトコロッケは白飯のおかずになりにくい。「コロッケそば」と同様の思い違いをしている。あくまでもコロッケは半人前であり、揚げ物のなかでは「下っぱ」にすぎない。

「野菜のかき揚げ」がナンバーワン

わたしは「かけそば」よりも「ざるそば」が好きだ。夏だけでなく、たとえ肌寒い季節であっても「ざる」を注文することのほうが多い。

わたしのざるそば人生における最愛のトッピングは「野菜のかき揚げ」だ。タマネギやニンジンやミツバ以外にも、小エビやイカなどが混ぜてあると、なお良し。

油で揚げたとき、タマネギや小エビなどの具材同士が網目のようになっているのが望ましい。のぞいたら向こう側が見えるかき揚げは「サクッ」という食感を味わえる。かき揚げをひっくり返したとき、底面がダマ(小麦粉のかたまり)になっていなければ合格だ。

明治時代の偉大な落語家

『時そば』は古典落語に分類される。江戸期の上方(関西)を発祥とする噺であり、関東で演じられるようになったのは明治以降のことだ。

古典落語には、明治時代や大正時代に創作されたものも含まれる。現代でも上演されている古典落語の作者としては、初代・三遊亭圓朝(さんゆうてい・えんちょう)が有名だ。

初代圓朝は、落語マンガや落語ドラマでもよく取りあげられる『鰍沢(かじかざわ)』や『文七元結(ぶんしちもっとい)』や『死神(しにがみ)』などを創作した人物だ。夏目漱石や二葉亭四迷と同時代人である。

三遊亭圓朝の明治』(矢野誠一・著/朝日新聞出版・刊)によれば、江戸時代の「若旦那」が登場する人気演目『船徳』を創作したのも初代圓朝だという。正確に言えば『お初徳兵衛浮名桟橋』を改作したのだが、元は不人気のつまらない人情噺だったという。

もともと完成度の高かった『時そば』という演目を、さらに愉快なものにアレンジしてみせた柳家喬太郎も、初代圓朝の行跡に通じるものがある。

(文:忌川タツヤ)

三遊亭圓朝の明治

著者:矢野誠一
出版社:朝日新聞出版
『怪談牡丹燈籠』『真景累ケ淵』『鹽原多助一代記』などを自ら創作して演じ、現在でも「落語の神様」と呼ばれる三遊亭圓朝。彼は30歳で明治を迎え、近代化の中で伝統芸能を続けねばならなかった。そのために、山岡鐵舟などの政府の要人と関わって名を売り、怪談噺には「神経」という当時の流行語を使った解釈を付けて、時代の波に乗る。伝説の名人の一代記として、また、粋で退廃的な江戸から理性・倫理重視の明治へと切り替わる日本を描いた書としても貴重な一冊。

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