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洋楽について多くを教え続けてくれているあの人の話

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BS朝日で放送されている『ベストヒットUSA』。かつて、同じタイトルの番組が地上波で土曜日の23時半から放送されていた。地上波版の放送は1981年4月から1989年9月だったので、筆者にとって思い入れが一番強い80年代洋楽シーンをピンポイントに、かつすべて網羅する内容だった。

ラジオキッド

地上波版の第1回目から最終回まで、そして2003年に始まったBS朝日版でも、ビデオジョッキーを務めているのは小林克也さんだ。その小林さんが、とあるアーティストとのインタビューで「なんでそんなに英語が上手なの?」と尋ねられ、「僕は、ラジオキッドだったんだ」と答えていた。

小林さんは、小学3年生の頃に岩国基地のFEN(FAR EAST NETWORK=極東放送:今はAmerican Forces Network=米軍放送網という名称になっている)を聴いて英語に興味を持ち、そこからロックンロールにのめり込んでいったという。

筆者が洋楽と呼ばれるジャンルの音楽を本格的に聞き始めたのは中学生の頃だ。ビートルズ/ストーンズ世代よりちょっと下で、レッド・ツェッペリンとかディープパープルから入り、その後エアロスミスやキッスを聞くようになった。

当時はFENで『アメリカン・トップ40』というカウントダウン番組をやっていて、ラジカセで毎週ベスト10をテープに録音していたのを思い出す。あの頃は、筆者も含め、洋楽好きのラジオキッドだらけだったのだ。

ラジオとPVの共存時代

ラジオ関東という局で『全米TOP40』というタイトルの日本語版『アメリカン・トップ40』という番組の放送が始まったのは1972年だ。この番組でDJを務めていらっしゃったのが、湯川れい子さんである。

同じ時代の東京ローカル番組『ぎんざNOW!』(TBS)で、木曜日が『ポップティーンPOPS』という洋楽カウントダウンだった。プロモーションビデオが徐々にテレビで見られるようになり、洋楽と触れる媒体がラジオからテレビに広がりつつあった時代の話。

『全米TOP40』を聞き続けていたことには理由がある。まず、湯川さんの声が大好きだったこと。そして、海外の音楽業界情報をよどみなく伝える湯川さんのしゃべりのテンポがすごく心地よかったこと。それに、湯川さんはヒット曲の歌詞に日本語訳を付けてくれたりもした。 さらに言えば、『タモリ倶楽部』でやっている空耳アワーみたいな『ジョークボックス』というコーナーも大好きだった。

葉書を読まれたリスナーがつながった仕事

その後さまざまなジャンルの曲を聞くようになった筆者には、情報源として『全米TOP40』が不可欠になった。『ジョークボックス』にもネタを書いて送ったし、プレゼントにも応募したし、それ以外にもせっせと葉書を送った。でも、読まれたことは一度もない。それでも毎週聞き続け、推しているアーティストの最新シングルのチャートアクションを記録する作業が楽しかった。

世の中には、ハガキを常に読まれるリスナーと絶対に読まれないリスナーが存在する。『評伝★湯川れい子 音楽に恋をして♪』(朝日新聞出版・刊)の著者和田靜香さんは、確実に〝読まれるリスナー〟だったはずだ。

私は、「全米トップ40」の一リスナーだった。高校時代にはほぼ毎週のように番組に葉書を送り続け、それがしばらく途絶えて、久々に番組へ葉書を書いたのが85年夏。そこに、「就職試験に全部落ちてしまった」と、たった一言だけ書き添えていた―私のくす玉の紐は、どうやらそれだったらしい。

『評伝★湯川れい子 音楽に恋をして♪』より引用

久々に送った葉書がきっかけで、和田さんは湯川さんの事務所でアルバイトすることになる。初めて行ってから雑用を頼まれ、そのまま6年半ほど働くことになる。何という幸運。いや、幸運なんていうイージーな言葉で表現すべきことではない。人と仕事を結び付ける神様はいるし、見ている人は必ず見ているものなのだろう。

宙から垂れ下がるくす玉の紐

湯川さんの人生はドラマチックだ。湯川さんもまた、人と仕事を結び付ける神様に愛された一人である。

夢だったことは一つ、また一つと消えてしまった。空から垂れ下がる目には見えない紐を引っ張ってみたけれど、その先にあるはずのくす玉は一向に割れる気配がない。でも実はまだ1本だけ、思ってもみなかった紐がぶらんと宙に浮いていた。

『評伝★湯川れい子 音楽に恋をして♪』より引用

その時宙に浮かんでいた紐の先にあったくす玉は、後のさまざまなキャリアにつながっていくジャズ評論家という肩書だった。やがて海外アーティストと仕事をする機会が増えていくことになるわけだが、この本に収録されているのは、その過程で湯川さんが体験した濃い話ばかりである。

マイケル・ジャクソンが見せたプライベートな一面。レッド・ツェッペリンが広島の平和資料記念館を訪れて号泣した話。そして、東日本大震災当日に来日していたシンディ・ローパーのエピソード。どれをとっても読み応えがある。

人が仕事を選ぶのではなく、本当は仕事が人を選ぶのかもしれない。この本を読み終わって、そんなことを強く感じている。

(文:宇佐和通)

 

評伝★湯川れい子 音楽に恋をして♪

著者:和田靜香
出版社:朝日新聞出版
日本の洋楽評論の草分けである湯川れい子。持ち前の美貌と度胸で戦後日本の最先端を駆け抜けたその半生は、日本の洋楽史そのものであると同時に、新時代の息吹を体現した女性の華麗な物語でもあった。「プレイガール」と呼ばれた彼女のドラマチックな生き様を、直弟子の音楽ライターが大胆に描く。妻子あるハリウッドスターとの恋、ビートルズやプレスリーとの特別な関係、人気ラジオ番組『全米トップ40』の楽屋裏など、初公開の秘話満載! マイケル・ジャクソンやレッド・ツェッペリン、B・B・キング、シンディ・ローパー、フリオ・イグレシアス、ブルース・スプリングスティーン等々、湯川だけが知っているトップアーティストたちの素顔の数々も紹介する。

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