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佐渡金山で儲けたのは、鉱夫ではない意外な商売

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19世紀半ば、アメリカで金の鉱脈が発見され、空前絶後のゴールドラッシュが起こった。カリフォルニアには、アメリカ各地から金を掘るために鉱夫が押し寄せ、活気に溢れていた。ところが、実際はほとんどの人は金を発見することができず、儲けることはできなかったのだ。

一攫千金を狙った人よりも儲けた人とは

掘っても掘っても金は出ない。鉱夫たちがさっぱり儲からない傍らで、彼らに便乗して商売をはじめて、めちゃくちゃ儲かってしまった人たちがいる。いったいどんな仕事をしていたのだろうか?

答えは、鉱夫に作業着や道具を売りつけた道具屋だ。ジーンズやスコップなど、金の採掘に必要な道具が現地で飛ぶように売れたそうである。一攫千金を目指して金を掘るよりも、一攫千金を目指す人のニーズを読み取ってモノを売ったほうが儲かったのだ。賢い人は頭の使い方が違うなあと感じさせられる。

売るよりも貸すほうが儲かる?

さて、日本もかつては“黄金の国ジパング”といわれていた。佐渡金山をはじめ、数々の金山を有する世界有数の金の産出国だった。では、そんな佐渡金山で儲かった商売人はどんな人だろうか。もちろん、金を掘りにきた鉱夫ではなかったのは言うまでもない。

答えは、草履屋だ。佐渡金山は険しい岩場で、裸足では作業できないため、頑丈かつ身軽な履物が必要になる。草履屋が誕生したのは必然だったといえよう。
さて、佐渡の草履屋が賢いのは、売ったのではなく、敢えて“貸した”ことにある。貸した後に回収された草履の隙間には、金の粉や屑がたくさん詰まっていた。それを掻き集めて転売したところ、さらに潤ったというのだ。

鉱夫をやっても儲からない

佐渡金山の鉱夫にはどこから流れ着いたのかわからない、荒くれ者が多かったそうだ。そして、彼らはあくまでも一労働者に過ぎなかったのである。金をどれだけ掘ろうとも、あくまでも金山は幕府が管理していたため、すべての金は没収されてしまった。悲しすぎる。

よって、草履屋が一番得した民間人だったのだ。おそらく、鉱夫に食事を作ったりする人たちも儲かっていただろう。汗水たらして働く男たちはご飯をもりもり食べたに違いないからだ。鉱山のメインである労働者よりも、その傍らにいる人たちのほうが儲かってしまうとは、なんとも皮肉な話である。

いつの時代もセンス溢れる商売人がいる

佐渡金山の草履屋は、貸すことで利益を得て、さらに金の粉を売って利益を得る。二重に儲かる、一石二鳥のビジネスモデルだ。アメリカの道具屋よりも佐渡の草履屋のほうが一枚上手のように思える。

いつの時代も、時代の流行に乗って稼ぐ人はいるものだ。『勝てる!マーケティング 知価時代のブランド戦略』(信田和宏・著/NTT出版・刊)には、様々な時代の巧みなビジネスの事例が多く紹介されている。その多くが、今となっては「誰でも思いつくよ」というものばかりだが、最初に思いついた人はやっぱり凄い。先人たちの時代を読むセンスに脱帽だ。一攫千金を手にするチャンスは意外な場所に隠されているのかもしれない。

(文:元城健)

勝てる!マーケティング 知価時代のブランド戦略

著者:信田和宏
出版社:NTT出版
ソニー、ルイ・ヴィトン、イチロー……「ブランド作り」こそが究極のマーケティングだ。電通で国際ビジネス業務を指揮してきた著者が書き下ろすマーケティングの実践教科書。

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