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彼女たちはなぜ殴り、そして蹴るのか

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どんな世界にも、パイオニアと呼ばれる人がいる。ただこの言葉、意味合いとしては漠然としすぎているので、筆者なりに定義してみる。それまで存在しなかったジャンルを確立させた人、ということでいかがだろうか。〝〇〇の父〟とか〝元祖〇〇〟という言い方もできるだろうが、ちょっと違う重みが介在している気がする。

ライカ選手の話

筆者がしばしば――もっと詳しく言えば週2~3回――その人を見かけたのは、今から15年以上前だ。当時住んでいたマンションからスポーツクラブへ行く途中に、とあるボクシングジムがあった。短髪・金髪の女の子がそこに入って行ったり、そこから出て来たりするのを見かけた。印象こそ華奢だが、ものすごい目力をした人だった。それに、オーラと言うものがあれに近いのだろう、両肩から頭にかけての部分の空気が、夜見ても陽炎のように揺らめいているように見えたのを覚えている。

その人がライカというリングネームでボクサーとして活躍していることを知ったのは、少し経ってからだ。

女子格闘技のパイオニア

ライカさんは、JWBC(日本女子ボクシング協会)が設立された翌年の2000年5月、プロデビュー戦で勝った。筆者がたびたび姿を見ていたのはこの頃だ。2002年に初代女子日本フェザー級チャンピオンとなり、同じ年に世界制覇を成し遂げた。以降階級を上げて最終的に3階級制覇を達成した後、2014年にプロボクシング界を引退し、現在は総合格闘家として活躍している。

格闘技に詳しいライターに話を聞いたところ、ライカさんの最大の功績は日本ボクシングコミッションに女子の試合を公認させたことだという。この過程に相当な覚悟と熱量を要しただろうことは、女子格闘技をまったく知らない筆者でも容易に想像できる。

名もなき女子ファイターたち

筆者はこれまでいくつものスポーツクラブに通ってきたが、2000年の時点ではボクササイズ――エアロビクスにパンチの動作を取り入れた動き――という名称のクラスばかりが目立っていたが、2005年あたりになると、キックボクシングとか、ハイインパクトボクシングとか、パンチやキックのフォームや正確性を追求するクラスが激増した気がする。ビリー隊長のブートキャンプが爆発的にヒットしたのもこの年だ。エクササイズ以上のものを提供するきつい内容のプログラムが受け手のニーズに合致し、高い支持を受けるようになる。

参加者の中に年齢に関係なく女性の姿が増えた。曜日や時間帯によっては、参加者の半分以上が女性というクラスも珍しくなくなった。

しかも、ネコパンチみたいなヘタレな感じじゃなく、結構な年齢のご婦人の中にもカモフラ柄のオープンフィンガーのグラブを装着し、ジャブやストレートをキレイに打ち分け、「当たったら危ないな」と思うようなフックやアッパーを繰り出す方々が増えてきた。

格闘技のジャンルとしての進化と確立

もちろん、こうしたご婦人方をライカさんと並べて比べようなんていう危ういことをするつもりはまったくない。ただ、ライカさん以降に出てきた打撃系女性プロファイターの絶対数と、スポーツクラブの格闘技系クラスに参加する女子の数が急激に増加したトレンドがあったことは事実だ。

こうしたトレンドがもたらした具体的な結果のひとつとして紹介したいのが、『蹴りたがる女子』(高崎計三・著/実業之日本社・刊)である。スポーツクラブまで含めれば数えきれないほどいる女子格闘家の頂点にいる女子ファイター7人が自分自身についての言葉をまとめた一冊だ。彼女たちが向き合っているのは、数百年の歴史を誇るタイの国技〝ムエタイ〟をベースに日本式のアレンジを加えたキックボクシング、それに投げ技や絞め技、そして関節技も盛り込んだ〝シュートボクシング〟である。本書では〝女子立ち技格闘技〟という言葉があてられている。

闘う理由

この本で紹介されているファイターの背景、経歴、そして闘う理由はそれぞれだ。

リング上で華麗かつ激しい攻防を見せる彼女たちはどういう道のりを辿ってここまで来たのか。その過程で何を思い、何を考えてきたのか。そしてこの先に何を見据えるのか。7人それぞれの「これまで」と「これから」を追った結果が、ここにはある。

『蹴りたがる女子』より引用

殴ったり蹴ったりすることを仕事として選んだ理由は何か。著者の高崎計三さんは、インタビューをしたファイターたちに一つの定点観測的な質問をぶつける。

一つ、7選手(と、エピローグに登場する1人)に共通の質問をしている。「これまでの選手生活で、何かを『犠牲』にしてきましたか? したとすれば何ですか?」という問いだ。

『蹴りたがる女子』より引用

それぞれのファイターが、犠牲というキーワードから導き出した答えはそれぞれ。一つ強調しておきたいのは、〝闘う〟だけではなく〝闘い続ける〟理由だ。

杉博文さんの写真も印象的だ。飛び散る汗のひと粒まで感じられる試合中のショット、そして、リングからあまりにも離れた場所でのオフショット。選手たちのまったく異なる相を切り取って見せてくれる。

目の前にいる女子を殴り、蹴り、そして倒す女子。表面的にはきわめて粗暴に映る行いの向こう側にあるデリカシーを感じるのは、筆者だけではないと思う。

(文:宇佐和通)

蹴りたがる女子

著者:高崎計三
出版社:実業之日本社
「ムエタイ」、「キックボクシング」、「シュートボクシング」、これらの競技を総称して「立ち技格闘技」「打撃系格闘技」と呼んだりする。本書は、こうした「女子立ち技格闘技」の世界で活躍するトップクラスの選手7人にインタビューし、彼女たちの来歴や考え方を紹介するものだ。

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