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寺山修司は問うた「この世で一番高く飛ぶ鳥はなんだ?」と

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こう問われたある女優は「わかりません」と答えた。すると寺山は「この世でいちばん高く飛ぶ鳥、それは想像力という鳥だ」と言ったという。

同郷の親友R子が寺山修司が主宰していた演劇実験室”天井桟敷”の劇団員だったため、20代だった私は寺山ワールドを間近で観て、聴いていた。が、当時は人生経験もなく、想像力も乏しかったせいで、作品の感想を求められても「よくわからなかった」といつも答えていたのだ。

多くの若者を魅了した寺山演劇

ひさしぶりにR子に会った。R子は寺山修司の大ファンで、オーディションを受けて天井桟敷に入った。はじめは研究生だったが、寺山に気に入られ、やがて大役を演じるようになっていった。立派な舞台女優となったR子は私の自慢だったが、寺山の死後、他の劇団に移ることなくあっさり引退してしまった。

「後悔してない?」と聞くと、「まったく」と答えた。その気持ちは今でも変わりないそうだ。

「例えばテレビのホームドラマの脚本だとそれを観た人は皆似たような感想を持つように書かれているのよ。でもね寺山さんの脚本は10人が10通りの感想を持つの。イメージは無限に広がるわけよ」R子は寺山を語り始めると、目がキラキラと輝き、とても幸せそうな表情になる。永遠に寺山ファンなのだ。

真っ暗闇で起こる出来事

かつて渋谷にあった小劇場・ジャンジャンで公演された『観客席』は強烈な体験として覚えている。寺山は暗闇の中にいると、そこで何かが起こりそうでワクワクすると言ったそうだが、それを演劇にしたのが『観客席』だ。

場内は真っ暗で当時は非常出口のグリーンランプも隠されていたので完全な闇の中、客席でいきなり芝居がはじまるのだ。カサカサと音だけが響いたり、動物の鳴き声がしたかと思うと、スポットライトがいきなり隣の席に当たりすくっと立ち上がった役者がセリフを言う。この繰り返しで観客はいつ自分が巻き込まれるかハラハラ、ドキドキ。そんな中、私は実際に巻き込まれてしまったのだ。

暗闇の中でピポポポーンという呼び出し音に続き「お呼び出しを申し上げます。モチヅキユウコさま、至急受付までお越しください」というアナウンスが流れた。モチヅキは私の旧姓だ。ドッキリしてどうしよう?と思ったが当時は立ち上がる勇気がなかったので、そのままじっとしていた。

公演後、R子に「手探りでも出てくればプレゼントがあったのに」と言われたが、暗闇の中で自由自在に動き回れるよう稽古に稽古を重ねた役者たちのようにはいかない。

若かった私は自分の名前を使われたことが嫌でたまらなかったが、今振り返るとなんと光栄なことだったかと思う。

したたかな社交家

マッチ擦るつかのまの海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや”

これは寺山修司の有名な一首だが、これを傑作と評しているのが、詩人であり仏文学者の嶋岡晨氏だ。

詩人という不思議な人々:わたしの現代詩人事典』(嶋岡晨・著燃焼社・刊)は、嶋岡氏による33人の詩人との交流を描いた一冊。登場する詩人は、コクトー、西条八十、金子光晴、中村真一郎、串田孫一、そして寺山修司など、そうそたるメンバーだ。

嶋岡氏は寺山から手紙をもらい会うことになったエピソードを書いている。

十八歳で短歌研究新人賞をとったこの才人は、すでにネフローゼを病み、大学(早稲田)にはほとんど出ず病院と下宿を往復していたはずだが、そんな様子は見えず、ほがらかで元気がよかった。わたしが高知出身だとわかると、同郷の後輩・河野典生を知らないか、などときいた。大学で自作戯曲を上演したおり、河野や詩人の山口洋子が協力し、それで親しくしているらしい。したたかな社交家だということも、後でわかった。

(『詩人という不思議な人々:わたしの現代詩人事典』から引用)

天井桟敷の原型<鳥>

「モノローグ詩劇の会をつくろうや」と寺山が言い出したのは、昭和三十四年のはじめ。彼が親しい能の評論家・堂本正樹と、「三田文学」に戯曲を発表していた河野典生と、寺山自身と、わたしと、四人だけでやろう。名称は、詩劇グループ<鳥>としよう。(中略)―のちの寺山主宰の「天井桟敷」劇団の、原型のようなものが、すでにこの鳥の会公演にあった。つまり<詩劇>といっても、今では珍しくもないが、このころはまだまだ十分に<前衛>的で<実験>的なものであった。

(『詩人という不思議な人々:わたしの現代詩人事典』から引用)

この本には嶋岡氏と寺山のさまざまなエピソードが描かれていて、寺山修司という人となりが浮かび上がってくる。

ドラマ、詩、小説などの中でも、臆せず寺山は、すぐれた先行者のアイデアやプロットや表現技法を、巧みに借りたりそっくり戴いたりしつづけ―しかしいつのまにかそれを周りに<問題>とさせず、堂々と寺山ワールドを作っていった。

 その才気、機知は、生涯とれなかった青森なまりにひとしい、土俗的要素とうまく結びあって、ダダ的な独自の個性がみのった。

(『詩人という不思議な人々:わたしの現代詩人事典』から引用)

出来ることならもう一度

寺山戯曲のひとつ『百年の孤独』はたしか、「百年経ったら教えてやるさ、百年経ったらその意味がわかる」という最後のセリフで幕が閉じたと記憶している。

寺山修司の死後33年が経った。

「叶わない夢だけど、今もう一度、寺山さんの演劇を観ることが出来たら、その意味が少しはわかって、もっとマシな感想が言えるかも知れない」。私がそうR子に言ったら、彼女もこう答えた。「私も叶うことなら、もう一度、寺山さん目の前で演じてみたいよ。きっともっと上手に表現できると思うよ、想像力の鳥が空高く飛ぶ感じでね」と。

(文:沼口祐子)

詩人という不思議な人々 : わたしの現代詩人事典

著者:嶋岡晨
出版社:燃焼社
著者と詩人達との心の交流を通して、詩人とは何者かを考える。主な登場詩人は、横山青娥、西条八十、島崎曙海、小出ふみ子、中村真一郎、岸田衿子(そして谷川俊太郎)、大野順一、村野四郎、串田孫一、笹原常与、堀内豊、片岡幹雄(そして片岡千歳)、新川和江、山本太郎、草野心平、伊達得夫、那珂太郎、嵯峨信之、木原孝一、堀内幸枝、寺山修司他。

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