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伊達政宗はトイレに籠り、朝夕の献立を考えていた!

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戦国武将でトップクラスの人気を誇る人物と言えば、伊達政宗だ。眼帯をつけてあのカッコイイ兜をかぶり、馬に乗った姿は宮城県仙台市のシンボルになっている。仙台藩の初代藩主であり、現代の仙台市の基礎を築き、県民からは敬愛されている。宮城にいけば、さまざまな場所で“伊達”の文字を見ることができる。

政宗は徳川家康が恐れたほど強かった。そして、多芸多才な人物だったのである。

和歌を詠み、手紙を好んだ政宗

政宗を漫画やゲームのイメージから、荒々しい性格の武将のように思っている人は多いはずだ。そんな彼の実像に迫れる一冊『<伊達政宗と戦国時代>万事に通じた教養人・政宗』(滝澤美貴・著/学研プラス・刊)を読むと、政宗が大変な趣味人であったことがわかる。

例えば、豊臣秀吉に招かれた吉野山の花見の席で和歌を詠み、高く評価されている。日常の場面でもたびたび和歌を詠み、自らの思いを女性に贈ることもあったという。しかも、歌の実力は当時の武将のなかでも非常に高いとされているのだ。

また、政宗は稀にみる“手紙魔”であった。仙台市博物館には政宗の直筆の書状が多く残されている。当時の戦国武将は文面を代筆させ、署名だけを本人がする例も少なくなかった。しかし、政宗はほとんど自分で文面も書いたそうで、そしてその量が半端ではないのだ。Twitterを高頻度で更新しまくる芸能人のような人だったのだ。

料理男子としての一面も

また、現代で言う“料理男子”であった。午前と午後にトイレに1~2時間ほど籠っては、朝食、夕食の献立を考えていたとされる。政宗は部下に対して献立を指示するほどのこだわりを持っていたほか、自ら料理をして客に振舞うこともあったという。

例えば、政宗が江戸の藩邸に3代将軍・徳川家光を招き、肴、汁物、香りの物、菓子などを用意してもてなしたことはよく知られている。食材も鯛、かまぼこ、たこ、サメなど実に多彩だ。彼は単に美食を楽しむだけでなく、むしろ、料理で他人をいかに喜ばせるのかを重視したとされる。主人が心を込めてもてなす姿勢が大切、と記した書物も残されている。そう、“おもてなし”の精神が政宗にはあったのだ。

政宗の教養の高さは群を抜いていた

織田信長、武田信玄、上杉謙信、毛利元就などなど、戦国武将は実に個性的でキャラが立っている人たちが多い。多くの部下を統率する立場である彼らのような役職は、戦に勝ちまくるだけでは務まらなかった。人間味があり、高い教養を備えていなければならなかったのである。

なかでも、政宗は教養の高さで他の戦国武将を圧倒していたとされる。西洋の文化を進んで取り入れようとしていたし、料理の趣味を将軍との外交術として用いるなどの手腕もあった。武将としての実力もピカイチで、インテリで、趣味の幅も広い。政宗が人々に慕われるのは当然なのかもしれない。

(文:元城健)

<伊達政宗と戦国時代>万事に通じた教養人・政宗

著者:滝澤美貴
出版社:学研プラス
独眼竜伊達政宗のもうひとつの顔――和歌、茶道、能楽などあらゆる知識を身につけた教養人としての側面を紹介! その見識の広さは豊臣・徳川政権下での処世に大いに役立ち、将軍の饗応も難なくこなすほどであったという。政宗の新たな魅力に迫る!

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